タイムレス:ハンク・ウィリアムス・トリビュート/ボブ・ディラン、シェリル・クロウ、ベック、トム・ペティほか
今年もまた、本当にたくさんのトリビュート・アルバムがリリースされた。
今回ピックしたハンク・ウィリアムスのものを筆頭に、本盤同様のベック、ルシンダ・ウィリアムス、そしてベン・ハーパー、スティーヴ・アール、ジョン・ハイアット、ヴィクトリア・ウィリアムス、タジ・マハール、ジェフ・マルダー、ギリアン・ウェルチらが参加しピーター・ケイスが総合プロデュースしたミシシッピ・ジョン・ハートへのトリビュート盤『Avalon Blues』とか、
マイク・ラヴの「ハングリー・ハート」やロニー・スペクターの「ブリリアント・ディスガイズ」、リッチー・フューレイの「イフ・アイ・シュッド・フォール・ビハインド」などが聞けたブルース・スプリングスティーンへのトリビュート盤『Made in the U.S.A.』とか、
ポール・マッカートニー、トム・ペティ、ボブ・ディラン、エリック・クラプトン、ジェフ・ベック、ヴァン・モリソン、マッチボックス・トウェンティなどがこぞってメンフィスのサン・レコードに残されたロカビリー・クラシックスをカヴァーしまくった『Good Rockin' Tonight - The Legacy Of Sun Records』とか…。
いろいろ力作が出た中で、ぼくは年末ぎりぎりになってCD屋さんの店頭に並んだハンク・ウィリアムスのやつと、サン・レコード50周年を祝うトリビュート盤と、この2枚に特にぐっときた。やっぱりここが基本だし。サン・レコードを象徴する若き日のエルヴィス・プレスリーと、エルヴィスの偉大なる先達でもあったハンク・ウィリアムス。この二人のパフォーマーこそが現在へと連なるアメリカン・ポップ・ミュージックの源流でしょう。もちろん、ハンク・ウィリアムスやエルヴィス以前にも多くの音楽が存在したわけで、その重要性も重々承知したうえでなんだけど。ハンク・ウィリアムスもエルヴィスも、それぞれ、自身を基点に、それ以前とそれ以降をドラマチックかつダイナミックにリンクさせるという、とてつもない離れ業をやってのけてみせたのだから。それも、ほとんど無自覚なうちに、だ。すごい。
ぼくの場合、中学生くらいのときに初めて自覚的にアメリカン・ロックンロールに向かい合うようになって、あれから30余年。ずいぶんと長いこと音楽を聞いてきたわけだけれど。深く聞き続けるほどに、どんな道をたどったところで、アメリカのロックを愛する限り、結局はこの二人のもとへとひれ伏すしかないってことを思い知る。いや、俺はエルヴィスよりロイ・オービソンのほうがすごいと思うとか、エディ・コクランこそがロックンロールだとか、あるいはハンク・ウィリアムスよりもジョニー・キャッシュだろうとか、ジミー・ロジャースのほうが断然先だとか、いろいろ細かい異論はあると思うけれど。それって、せいぜい個人史の範疇でしょ。個人の嗜好の範囲内というか。ぐっと引いたところからアメリカのポップ・ミュージック・ヒストリーを俯瞰して見れば、もう一目瞭然。ハンク・ウィリアムスとエルヴィス・プレスリー。彼ら以上にでかくて、彼ら以上に刺激的で、彼ら以上に聞く者を高揚させ、彼ら以上に聞く者の胸を切なくリアルに締め付けるやつらはいないのだ。絶対に。
というわけで、今回のハンク・ウィリアムスへのトリビュート盤。誰が何をカヴァーしているのか、リストアップしておきましょう。
- I Can't Get You Off Of My Mind - Bob Dylan
- Long Gone Lonesome Blues - Sheryl Crow
- I'm So Lonesome I Could Cry - Keb' Mo'
- Your Cheatin' Heart - Beck
- Lost On The River - Mark Knopfler & His Band
- You're Gonna Change (Or I'm Gonna Leave) - Tom Petty
- You Win Again - Keith Richards
- Alone And Forsaken - Emmylou Harris
- I'm A Long Gone Daddy - Hank III
- Lovesick Blues - Ryan Adams
- Cold, Cold Heart - Lucinda Williams
- I Dreamed About Mama Last Night - Johnny Cash
なるほど…と唸る選曲。ルーク・ザ・ドリフター名義での曲を渋くきめるジョニー・キャッシュも、めちゃ有名な「ユア・チーティン・ハート」をとてつもなく内省的な心情吐露曲へと作り替えてしまったベックも、わりとオリジナルに忠実な形で敬愛ぶりをお披露目したシェリル・クロウやマーク・ノップラーも、けっこうそれぞれ考えたアプローチを展開していて。みんなちゃんとハンク・ウィリアムスを聞き込んでいるんだなぁ、と感心しきりだ。
で、問題としては、聞く側ね。特に日本のリスナーの場合、アメリカン・ミュージックが好きだと公言する人でさえ、ハンク・ウィリアムスとか名前を聞いたことがあるだけだったり。そういうことがよくある。これはねぇ、ラジオとかレコード会社とか音楽雑誌とか、そういうメディア側の怠慢でもあるのだろうとは思うけれど、同時に聞き手側の怠慢でもあると思うのだ。だって、今やハンク・ウィリアムスなんか、未発表ものも含む全録音がCDになって出ているわけだし。自分で探し出して聞き込むくらいの勢いがないと、どこまで行っても異国の文化であるアメリカン・ミュージック、アメリカン・ロック、アメリカン・フォーク、アメリカン・カントリーの真の魅力になんか、いつまでたっても絶対にたどり着けっこない。
もちろん、そうやって聞き込んだところで、結局は異国のものだから、最終的にはわかりっこないと斜に構えられちゃえばそれまで。その通りかもしれない。けど、答えの見えないそうした試行錯誤にダメもとであえて挑んでいるかいないかで、同じ1曲のアメリカ音楽を聞いたときの感動の深さは違ってくるよ。間違いなく。
つーわけで、もしいまだハンク・ウィリアムスを本格的には未体験という方がいらっしゃるようなら、このごきげんなトリビュート盤を入り口に、ぜひモノホンのハンク・ウィリアムスの歌声にたどり着いてほしいものだな、と。うるさいおっさん音楽ファンとしては心から願うわけです。そのうえでまたこのトリビュート盤に戻れば、またそれぞれのアーティストの立ち位置とか、姿勢とかが別の面から見えてくると思う。