ソウル&インスピレーション/バリー・マン
バリー・マン、自らアーティストとして放つ5枚目のフル・アルバムだ。
1950年代末から、主にプロのソングライターとして活躍してきたバリーだけれど、彼自身の歌声というのもむちゃくちゃ魅力的。61年にリリースされた『フー・プット・ザ・ボンプ』は、まあ、まだバリーの才能が本格的に開花する以前の1枚で、既存の60'sティーンエイジ・ポップスの枠内で作られたものだった。けど、その10年後、71年にリリースされた『レイ・イット・オール・アウト』から、シンガー・ソングライターとしてのバリーが本格的に輝き始めた。ちょうど旧友キャロル・キングが『タペストリー』で大当たりをとった年だけに、バリーも同じ方法論のもと、アルバムをリリース。セールス的には『タペストリー』の特大ヒットにはまったく及ばぬ結果しか残せなかった1枚ながら、内容の充実度は『タペストリー』にけっして劣らなかった。
以降リリースされた2枚のソロ・アルバム――75年の『サヴァイヴァー』、80年の『バリー・マン』も、同様にセールス的な好結果は残せなかったものの、やはり内容的には文句なし。独特のしゃがれた歌声と、持ち前の雄大な作風とを最大限に活かす楽曲が詰まった素晴らしい仕上がりだった。
バリー・マン独特の作風は、ぼくが思うに62年、ポール・ピーターソンに提供した「マイ・ダッド」とか、63年、ドリフターズに提供した「オン・ブロードウェイ」あたりを境に完成したというか。この辺から徐々にマン&ワイル独特の大作ふう手触りが芽生えてきて。64年、フィレス・レコードからリリースされたライチャス・ブラザーズの「ユーヴ・ロスト・ザット・ラヴィン・フィーリング」やロネッツの「ウォーキング・イン・ザ・レイン」、あるいはジーン・ピットニーが歌った「アイム・ゴナ・ビー・ストロング」や「ルッキング・スルー・ジ・アイズ・オヴ・ラヴ」のような傑作が誕生した、と。あまり細かく動かない悠然たるベース・ラインを基調に、メロディが大きくうねる。そんな壮大な曲調が、スペクターの作り上げる深く雄大なサウンドや、ピットニーの豊かな声量と合体して見事に花開いた。
でも、実はそうした作風をもっとも有効に輝かせるのはバリー・マン自身の声だったという事実を、ぼくたちは彼のソロ・アルバム群で思い知らされ続けてきたわけだ。『バリー・マン』から20年ぶりに届けられた本盤も、そんなバリー・マンの魅力をたっぷり味わえる仕上がり。歌声の存在感は相変わらず。ピアノの演奏ぶりも見事。収録楽曲的にも今回はいっさい新曲なしのセルフ・カヴァー集。このあたり賛否分かれそうだけど、それにしたってすごいラインアップだ。文句もふっとぶ。『レイ・イット・オール・アウト』でもセルフ・カヴァーされていたライチャスの「ユーヴ・ロスト・ザット…」やドリフの「オン・ブロードウェイ」の再演をはじめ、『バリー・マン』で初披露されたのちリンダ・ロンシュタット&アーロン・ネヴィルのヴァージョンが大ヒットした「ドント・ノウ・マッチ」、B・J・トーマスが取り上げていた「ロックンロール・ララバイ」「アイ・ジャスト・キャント・ヘルプ・ビリーヴィン」、アニマルズに提供した「ウィー・ガッタ・ゲット・アウタ・ジス・プレイス」、ダン・ヒルと共作した「サムタイムズ・ホエン・ウィー・タッチ」、クインシー&ジェームス・イングラムで大当たりした「ジャスト・ワンス」、ドリー・パートンに提供した「ヒア・ユー・カム・アゲイン」、リンダ・ロンシュタット&ジェームス・イングラムでヒットした映画『アメリカ物語』の主題歌、そして今回のアルバム・タイトル曲となっているライチャスの「ソウル&インスピレーション」という11曲。まさにベスト・オヴ・バリー・マンという選曲だ。
迎えられたゲストも豪華。『レイ・イット・オール・アウト』と『バリー・マン』に続いての登場となる旧友、キャロル・キングを筆頭に、マーク・ジョーダン、ブレンダ・ラッセル、リチャード・マークス、ブライアン・アダムス、ダリル・ホール、ディーナ・カーター、J・D・サウザー、ピーボ・ブライソンなどなど、適材適所のゲスト起用が泣ける。優れたソングライターが、他アーティストに提供した楽曲を、ピアノを中心に据えた簡素な演奏をバックに自ら歌い、そのシンガー・ソングライターとしての素晴らしい資質を披露する…という意味では、ジム・ウェッブの『テン・イージー・ピーシズ』あたりとシンクロする感じ。バリー自身のライナーによると、彼もジム・ウェッブのあのアルバムを聞いて本作を作る気になったらしい。いずれにせよ、アメリカのポップ・シーンに関わりを持つようになってから40年に及ぶバリーの長いキャリアを総括しつつ、そのすべての曲をバリー自身のパーソナルな歌へと昇華させて聞かせてくれる名盤の誕生だ。