
サンセット・ブルヴァード/エルヴィス・プレスリー
エルヴィス・プレスリーの場合、まずは1954年、地元メンフィスのローカル・レーベル、サン・レコードのスタジオでのレコーディングでキャリアをスタートさせて。その後、56年に大手のRCAレコードへと電撃移籍。以降、ほとんどの楽曲のレコーディングをテネシー州ナッシュヴィルのRCAスタジオBか、主演映画の撮影で頻繁に訪れていたカリフォルニア州ハリウッドのレディオ・レコーダーズで行ってきた。
が、1970年代に入るとエルヴィスはライヴ・シーンに本格復帰。そのため、よく長期公演していたラスヴェガスからもそう遠くはない、ハリウッドのサンセット・ブルヴァード6363にあったRCAスタジオCに出向く機会が増えた。モンキーズやジェファーソン・エアプレインが使っていたことでもおなじみのスタジオ。エルヴィスは1970年ごろからTCBバンドの面々とツアーのリハーサルなどでちょいちょい使用していたようだ。
その流れで正式なレコーディング・セッションも2回、1972年3月27日から30日までと、1975年3月10日から13日まで、行われている。そこで収録された音源をアウトテイクなども交えつつコンパイルしたのが本ボックス『サンセット・ブルヴァード』だ。
1972年3月のセッションでバックをつとめたのは、従来のナッシュヴィル系の面々ではなく、ライヴ・バンドのメンバーとしておなじみのジェイムス・バートン(g)、ロニー・タット(ds)、グレン・D・ハーディン(p)、チャーリー・ホッヂ(g, cho)、ジョン・ウィルキンソン(g)という顔ぶれ。ベースはジェリー・シェフではなく、エモリー・ゴーディ。
ただ、この時期、エルヴィスは大きな悩みを抱えていて。1959年、ドイツに駐屯していたころに知り合い、1967年に結婚した妻プリシラとの別居問題だ。1971年の暮れにプリシラがはじめて家を出てから、幾度もの曲折を経て1973年10月に正式離婚が決まるまで、この問題はエルヴィスを苦しめ、悩ませ続けた。おまけにこの時期、ひどい体調不良もあったようで…。
そんな状況を反映してか、この3月のセッションの初っぱなに取り上げられたのがずばり「別離(わかれ)の歌(Separate Ways)」だったり、次がクリス・クリストオファソン作の「心の想い出(For The Good Times)」だったり…。放っておくとエルヴィスはどこか淋しげな曲ばかり歌おうとしていたらしい。
そんなエルヴィスに活気を取り戻させようと、当時プロデューサーをつとめていたフェルトン・ジャーヴィスが用意したのがデニス・リンド作のロックンロール・チューン「バーニング・ラヴ」だった。1972年8月にシングル・リリースされて全米2位まで上昇した名演。
ボブ・クリストガウが当時、このシングルについてニュースデイ紙にこう書いている。曰く“「All Shook Up」以来、エルヴィスのシングルとしてはもっとも刺激的なもの”だ、と。“それだけではなく、これはダーティでもある。「近づいてくる。炎がおれの身体を舐めているところだ」という文句を、ジェイムズ・ブラウンの伴奏バンドと密会の約束をしているような感じでうたえる歌手が他にいるだろうか”(訳:三井徹)。
あのころ、ちょうどヒットチャート上ではチャック・ベリーの久々の全米ナンバーワン・ヒット「マイ・ディンガリン」や、リック・ネルソンの久々の全米トップ10ヒット「ガーデン・パーティ」などが凌ぎを削っていた。そこにエルヴィスも参戦して、まるで1950年代後半のような様相を呈していたっけ。
うれしいライヴ復帰のニュースが届いたブライアン・セッツァーも、かつてステージのオープニング、この曲を登場のテーマにしていたことがあった。やー、しびれる。他にも「フール」とか「オールウェイズ・オン・マイ・マインド」とか「もうすぐ逢えるね(It's A Matter Of Time)」とか、名唱がこのセッションで生まれている。
で、その3年後、1975年3月のほうのセッション。こちらも基本、前述したツアー・バンドの面々をバックに、ベースだけデューク・バードウェルに。この時期からライヴのバックアップもするようになったナッシュヴィル系のデヴィッド・ブリッグスも参加している。1980年代以降のコンテンポラリー・カントリー・ブームへの布石とも言えるロックンロール曲「T-R-O-U-B-L-E」や、フェイ・アダムスのレパートリーを見事にカヴァーした「シェイク・ア・ハンド」など、晩年の名演があれこれ録音されて。
今回のボックス『サンセット・ブルヴァード』はそんなセッションで録音された音源を、今やエルヴィスのリミックス・エンジニアとしてすっかり定着した感じのマット・ロス=スパングが新たにリミックスしたものでスタート。ディスク1がマスター・テイク集。ディスク2がアウトテイクからのセレクションだ。
で、ディスク3以降がツアーのリハーサル音源。ディスク3とディスク4の12曲目までが1970年7月、ディスク4の13曲目以降とディスク5が1974年8月の記録です。
多くの音源が米国でオフィシャルに出るのは初めて…とか宣伝されてはいるけれど、オフィシャル・ブートレッグ・レーベルという感じの“フォロー・ザット・ドリーム”とか“メンフィス・レコーディング・サーヴィス”からのリリースも含めれば過去何らかの形で世に出たことのある音源ばかり。ただ、ちゃんとRCAからのオフィシャルな形で一気にまとめられたのは、まあ、確かにちょっとうれしくはある。
つーか、やっぱりうれしいですよ。前回の『メンフィス』に続いて、こうやって今年もまたエルヴィスのオフィシャルなニュー・リリースにお金使える幸せっていうの?(笑) なんだか複雑だけど、まあ、そういうエルヴィス周りの再発セットがいまだ細々とでも出続けてくれているという事実をありがたく噛みしめ、しみじみしちゃう夏の朝なわけですよ。ああ…。