
スウィート・スウィートハート(レコード・ストア・デイ2025限定LP)/カーラ・トーマス
カーラ・トーマスとチップス・モーマンというと、やはりまず思い出すのが「ジー・ウィズ」。1960年、スタックス・レコードにとって初の大ヒットとなったこの曲のプロデュースを、当時スタックスのスタッフのひとりだったチップス・モーマンが手がけていたわけですが。
その後、1964年にチップスはスタックスを離脱。メンフィスに自らのスタジオ、“アメリカン・サウンド”を設立して、サンディ・ポージー、B.J.トーマス、メリリー・ラッシュ、ニール・ダイアモンド、ボックス・トップス、エルヴィス・プレスリー、ダスティ・スプリングフィールドらの充実した作品を手がけ、売れっ子プロデューサーとしての座を確固たるものに。
一方のカーラのほうもごきげんな名曲「B-A-B-Y」や、オーティス・レディングとのデュエット作などをヒットさせ、着実にソウル・クイーンとしての地位をかためていって。
そして1970年夏、「ジー・ウィズ」から10年の歳月を経てふたりは再びタッグ。アメリカン・サウンド・スタジオでのカーラ・トーマス・セッションが行われた。11曲レコーディングされたこのときのセッションからは、トニ・ワイン&アーウィン・レヴィン作「アイ・ラヴド・ユー・ライク・アイ・ラヴ・マイ・ヴェリー・ライフ」と、キャロル・キング&ジェリー・ゴフィン作の「ハイ・デ・ホ(ザット・オールド・スウィート・ロール)」をカップリングにしたシングルが1枚出たのみで、長らくお蔵入りしていたのだけれど。
2013年に英ACEレコードがそのセッションを含むカーラの未発表トラック集『スウィート・スウィートハート:ジ・アメリカン・スタジオ・セッションズ・アンド・モア』ってCDをリリースしてくれて、セッションの全貌がついに明らかになったのでした。
そのCDには、タイトル通り、後半に1960年代半ばの未発表音源も併録されていたのだけれど。そこから1970年アメリカン・サウンド・セッションだけ抜き出して最新リマスターをほどこしたLPが、このほどレコード・ストア・デイ2025に合わせてクラフト・レコーディングズからリリースされます。それが本作。
全11トラック。1曲だけ別アレンジ・ヴァージョンが収められているので曲数的には全10曲。前述したシングルのAB面以外の8曲9トラックが2013年のACE盤で初お目見えした音源で。もちろん初LP化。選曲が実に面白いです。1970年当時のシンガー・ソングライター・ムーヴメントや新しいロック・シーンの流れのようなものにも巧みに目配りしているあたりチップス・モーマンらしいというか。
シングルA面だった「アイ・ラヴド・ユー・ライク・アイ・ラヴ・マイ・ヴェリー・ライフ」は、もともとダーリーン・ラヴとかロニー・スペクターも歌いながらお蔵入りしていたフィル・スペクター・プロダクツのひとつ。「ハイ・デ・ホ(ザット・オールド・スウィート・ロール)」はキャロル・キングがザ・シティの一員として1968年にリリースしたものが初出だけれど、ちょうどこのセッションが行われていた1970年夏にブラッド・スウェット&ティアーズのカヴァー・ヴァージョンが大ヒットしていたもの。
「カントリー・ロード」はジェイムス・テイラー『スウィート・ベイビー・ジェイムス』収録曲。「トゥ・ラヴ・サムバディ」はビー・ジーズのヒット・シングル。「ヘヴィ・ロード」はなんとフリー『ファイア・アンド・ウォーター』収録曲。表題曲「スウィート・スウィートハート」はキャロル・キング『ライター』収録曲。「エヴリシング・イズ・ビューティフル」はレイ・スティーヴンスのヒット・シングル。ビー・ジーズのものだけはちょっと前、1967年のヒットだけれど、あとはどれもセッションが行われた1970年に出た曲ばかりだ。
残る3曲4トラックはどれもトニ・ワイン絡み。トニ・ワインは当時アメリカン・サウンドのセッション・シンガーとしても活動していて、さらに翌1971年にはチップス・モーマンと結婚することになるので、そういう流れもあっての選曲かも。
2ヴァージョン入っている「アイム・ゲッティン・クローサー・トゥ・ユー」(トニ・ワイン&ラリー・ブラウン作)は書き下ろしかな。「ヘヴン・ヘルプ・ザ・ノンビリーヴァー」(トニ・ワイン&キャロル・ベイヤー・セイガー作)は翌年ロック・フラワーズがシングル・リリースすることになる曲。「アイ・シンク・アイ・ラヴ・ユー・アゲイン」(トニ・ワイン&アーウィン・レヴィン作)はやはりこの年、1970年の春にブレンダ・リーに提供された曲。
こうした作品群をカーラが持ち前のゴスペル感覚、ブルース感覚、ポップ感覚、カントリー感覚などを発揮しつつ見事自分のものとして滑らかに歌いこなしてみせる。残念ながら1970年にはまだ受け皿がなかったのかもしれないけれど、今の耳で接すればその真価を聞き取れるに違いない1枚です。