Disc Review

Walkin' After Midnight / Eva Cassidy (Blix Street Records)

ウォーキン・アフター・ミッドナイト/イーヴァ・キャシディ

たぶん大方の人と同様、ぼくがイーヴァ・キャシディの歌声と出会ったのは2000年。彼女がカヴァーした「虹の彼方に(Over the Rainbow)」がイギリスで注目を集め、そのヴァージョンを含むアルバム『ソングバード』が各国で1位に輝いたころだった。

ただ、ご存じの通り、彼女は1996年に皮膚癌により33歳の若さで他界していて。ぼくが彼女の歌声に初めて接したのはその4年後のこと。ご本人はすでにこの世にいなかった。残念でなりません。

ジャズ、ソウル、ロック、フォーク、ゴスペル、カントリーなど多彩なジャンルの名曲を柔軟にカヴァーして、けっして押しつけがましくないのにさりげなくソウルフルな味わいを聞き手に届けてくれるその個性に、えっ、こんなシンガーがいたんだ、と。遅ればせながら大いに驚いたものです。

1963年、ワシントンDCで生まれて。幼いころからギターを弾き始めて。その後、1992年にアルバム『ジ・アザー・サイド』で遅咲きのレコード・デビューを飾ったものの、当初はあまり注目を集めることもできず。没後、ようやく世界的な注目が集まるという皮肉な結果にまた泣けてくるのだけれど…。

以降、生前の録音が次々と発掘リリースされたり、新たなコンピレーションが編まれたり。いろいろ出てきましたが。また新たな未発表音源集の登場です。今回は亡くなる前年、1995年の11月2日、米メリーランド州アナポリスにある老舗ホテル“メリーランド・イン”内の小さなラウンジ・スペース、“キング・オヴ・フランス・タヴァーン”でのライヴ音源だ。

名作ライヴ盤として知られる『ライヴ・アット・ブルース・アレイ』が録音されるふた月くらい前の記録で。イーヴァのレギュラー・バンドのメンバーのうち、レニー・ウィリアムス(キーボード)とレイス・マクロード(ドラム)が参加できず、残るクリス・ビオンド(ベース)とキース・グライムズ(エレクトリック・ギター)に、急遽ゲストとしてブルーノ・ナスタ(ヴァイオリン)を迎えた編成での興味深いパフォーマンス。もちろんアコースティック・ギターはイーヴァ自身です。

既出音源で言うと、『タイム・アフター・タイム』(2000年)のタイトル・チューンとか、『イマジン』(2002年)収録の「フー・ノウズ・ホエア・ザ・タイム・ゴーズ?」とか、『アメリカン・チューン』(2003年)収録の「スウィングしなけりゃ意味ないね(It Don't Mean A Thing (If It Ain't Got That Swing))」とか、『サムホエア』(2008年)収録の「我が恋人は紅き薔薇(My Love Is Like A Red, Red Rose)」とかがこのとき録音されたものだったけれど。

それ以外の貴重な未発表録音がこうしてまとめて世に出たわけだ。全12曲中、「ダウン・ホーム・ブルース」以外はすべてイーヴァ・ファンにとっておなじみのレパートリー。過去のアルバム群でも聞くことができる作品ではあるけれど、もちろんここでのライヴ・ヴァージョンは今回初お目見えだ。

どれもリハーサルなしの一発本番パフォーマンスだったらしい。にもかかわらず、たぶんメンバーどうし絶妙なアイ・コンタクトを演奏中に交わしていたんだろうなぁ、ブルーノ・ナスタのヴァイオリンというかフィドルが他のメンバーの演奏と見事に絡み合って、とても新鮮な味わいをもたらしている。こういうステージ、ほんと生で見てみたかったです。

セットリスト的にはいつものように幅広く。ジュニア・パーカーあり、ビル・ウィザースあり、ペギー・リーあり、アレサ・フランクリンあり…。

でも、特に目立つのがパッツィ・クラインの「ウォーキン・アフター・ミッドナイト」とか、ウィリー・ネルソンもレパートリーに採り入れているアーヴィング・バーリン作品「ブルー・スカイズ」とか、ボブ・ウィルズ&ヒズ・テキサス・プレイボーイズでもおなじみのファッツ・ウォラー作品「ハニーサックル・ローズ」とか、アスリープ・アット・ザ・ホイールのテーマ曲のような存在でもある「ルート66」とか、ウェスタン・スウィング〜カントリー系のレパートリー。この種の曲では特にブルーノ・ナスタの存在が強みになっている。

なんでも、クリス・ビオンドって人がガース・ハドソンばりに記録マニアで、私物のDATレコーダーをミキシング・コンソールにつないで録音していたことでこれら一連の音源が世に出ることになったのだとか。卓に直結らしく、オーディエンスの音はまったく入っていませんが…。

この場所はかつてチャーリー・バードがレギュラー出演していたことでもおなじみのスペース。そんな、なんとも居心地のよさそうな、もともとドラムなんかセッティングしたらステージがいっぱいになっちゃうであろうところで、こぢんまり、リラックスしてパフォーマンスするイーヴァさんたちの様子がまじ貴重です。ほんと、クリスさんに感謝だな。

今は先行でデジタル・リリースされたばかり。フィジカルは11月になってからみたいです。

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