ザ・マッスル・ショールズ・セッションズ/テキサス&スプーナー・オールダム
ソウルフルな音、というのをクリエイトしたいと思ったとき、いわゆるソウル・クラシックスのサウンド・フォーマットを物理的になぞるのが、まあ、いちばん簡単で、かつありがちなやり方で。ホーン・セクションによるリフとか、ハモンド・オルガンのうねりとか、フラット・ワウンド張ったプレベとか、乾いたトーンのギター・カッティングとか、そういうのであれこれ味付けすれば、なんとなくそれっぽくなる、みたいな。
でも、本物のソウルマンがたったひとりいるだけで違う。どんな環境下だろうと、その人がふと音を出せば、もうそれだけでソウルフルになっちゃう。去年の9月、ビルボード・ライヴ東京で見た81歳のダン・ペンと80歳のスプーナー・オールダムのデュオ・コンサートとか好例。あれはほんと、すごかった。
二人とも特にシャウトしたり、汗をほとばしらせたり、そんなこと一切しない。バンドも引き連れず、ダンが生ギター、スプーナーがエレクトリック・ピアノ、それらをそれぞれが自然体で訥々と奏で、それだけをバックにつぶやくように歌う。なのにむちゃくちゃソウルフル。思い知りました。
と、そんな、あの夜の感動をちょこっと思い出させてくれる1枚の登場です。英グラスゴー近郊で結成され、1989年のデビュー以来、すでに10作のオリジナル・スタジオ・アルバムをリリース、全英トップ10シングルも10曲以上生み出している人気バンド、テキサスの新作『ザ・マッスル・ショールズ・セッションズ』。
2022年の夏、米アラバマ州マッスル・ショールズのフェイム・レコーディング・スタジオでレコーディングされたアルバムで。といっても、いわゆるマッスル・ショールズ・リズム・セクションとかホーン・セクションとかががっつり参加しているわけではなく、基本的にはスプーナー・オールダムのキーボードと、シャーリーン・スピテリのヴォーカルのコラボレーション。
一部、テキサスのエディ・キャンベルや、ジョー・アーモン・ジョーンズらがキーボードを足していたり、名匠デヴィッド・フッドがベースを弾いていたり、マッスル・ショールズ系のシンディ・ウォーカー、マリー・ルウィらがハーモニーを添えていたり、ガマリエル・レンドル・トレイナーがチェロを奏でていたりはするものの、全編、歌とキーボードによる実にシンプルなアンサンブルを核に紡がれた1枚だ。
このセッションが実現した経緯とか、ぼくは何ひとつ知らないのだけれど、去年出たテキサスのベスト盤『ザ・ヴェリー・ベスト・オヴ1989–2023』にダン・ペン&スプーナー・オールダムが1967年、アーサー・コンレーに提供した「キープ・オン・トーキング」のカヴァーが新録で入っていたから。このあたりをきっかけに作者との夢のコラボが実現した…のかな? それとも、実はこっちのセッションのほうが先で、それきっかけでベスト盤用の新録も行なわれたのかな?
全14曲中、おなじみの「アイ・ドント・ウォント・ア・ラヴァー」「セイ・ホワット・ユー・ウォント」「ブラック・アイド・ボーイ」「イン・アワ・ライフタイム」「サマー・サン」「イン・デマンド」など12曲がテキサスのレパートリー。「キープ・オン・トーキング」も含まれている。そこにチャールズ&エディの1992年のヒット「ウッド・アイ・ライ・トゥ・ユー」と、ドリフターズの1960年のヒット「ラストダンスは私に(Save the Last Dance for Me)」というカヴァー2曲が加わるラインアップ。新カヴァーはどっちも特にスプーナーが作った曲ではないところがテキサスらしいというか、スプーナーらしいというか。
テキサスの従来のレパートリーもスプーナーのキーボード演奏とシンディ&マリーのコーラスを得て、ぐっとシンプルに、それゆえソウルフルなものに生まれ変わっていて。ジョニー・マケルホーン&シャーリーン・スピテリというテキサスのソングライター・チームの底力みたいなものもぐっと浮き彫りになる仕上がりです。
「マッスル・ショールズへ行ってレコーディングするという選択肢を実現できたなんて、まるで子供がお菓子屋さんにいるみたいだったわ」とシャーリーンさんも大喜び。テキサスの次なるステップに向けて重要な1枚となることでしょう。テキサスの場合、普通はオルタナティヴ・ロックとか、まあ、そっちのほうに分類されることが多いバンドだけど、時折アル・グリーンをカヴァーしてみたり、先述アーサー・コンレーをカヴァーしてみたり、ノーザン・ソウル系からの影響も強いわけで。その辺の持ち味が一気に表面化する1枚という感じか。
なにやらフィジカルの入荷情報がいろいろで、ぼくもまだブツはゲットできていませんが、とりあえずはハイレゾ版をダウンロードして楽しんでおります。