Disc Review

1962-1966: The Red Album + 1967-1970: The Blue Album (2023 Remixed and Expanded Edition) / The Beatles (Apple Records/Universal Music Group International)

1962-1966(赤盤)+1967-1970(青盤)/ザ・ビートルズ

昔、大滝詠一さんから聞いた話。細部までは思い出せないのだけれど。確か高校生のころ、オーディオ系の部活に入っていた時期が一瞬あって。ステレオセットを自作したものの。時間がなかったのかお金がなかったのか、スピーカーをひとつしか作れず、とりあえずのそのひとつだけのスピーカーでビートルズの「オール・マイ・ラヴィング」を再生してみたら、ステレオの左チャンネルしか聞こえず、歌のないカラオケ状態の演奏になってしまった、と(笑)。

そうそう。初期ビートルズのステレオ盤の片チャンだけ聞いたら、演奏だけだったり、歌だけだったり…というのは、あるあるエピソードなのだけれど。もうそういう話もなくなるのかな。

“赤盤”“青盤”の2023年エディション、出ましたー。“赤盤”こと『ザ・ビートルズ1962年~1966年』のほうには12曲、“青盤”こと『ザ・ビートルズ1967年~1970年』には9曲、計21曲を追加した全75曲で再コンパイルされている。

どの曲も何らかの形でリミックスがほどこされた新ステレオ・ヴァージョンでの収録だ。2015年の『1』、2017年の『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』、2018年の“ホワイト・アルバム”、2019年の『アビー・ロード』、2021年の『レット・イット・ビー』、2022年の『リボルバー』…と続いたジャイルズ・マーティン主導のリミックス・プロジェクトで既出の音源はその際の新ミックスで、それ以外はすべて2023年ステレオ・リミックスで収められている。

なので、もともとすでに新ステレオ・リミックスずみの楽曲が多く含まれている“青盤”のほうは「アイ・アム・ザ・ウォルラス」「フール・オン・ザ・ヒル」「マジカル・ミステリー・ツアー」「ヘイ・ブルドッグ」など、まだリミックスされていないアルバム関連曲、あるいは「レボリューション」「オールド・ブラウン・シュー」といったシングルB面曲だけが2023年リミックス。

それに対して“赤盤”は2023年ものだらけ。2CD版のCD2後半にずらっと並んでいる『リボルバー』関連の8曲はもちろん去年の『リボルバー(スペシャル・エディション)』でお披露目された新ステレオ・リミックスで入っているのだけれど、それ以外の、なんと30曲(!)が2023年新ステレオ・リミックスだ。『リボルバー』箱のとき同様、最新のデミックス技術を駆使して各音源を切り分けたうえでのリミックスになっている。

当然、前出「オール・マイ・ラヴィング」とか、これまでは右チャンネルにヴォーカル、コーラスが置かれて、左にドラム、ベース、サイド・ギター、リード・ギター。センターには何もなし…という、完全泣き別れミックスだったけれど、今回は右には残響のみ。左にサイド・ギター、リード・ギター。センターにドラム、ベース、ヴォーカル、コーラスという定位に生まれ変わった。高校生だった大滝少年のステレオセットで聞いてももうカラオケにはなりません(笑)。

ドラム、ベース、歌が真ん中にいる現在のごくフツーの定位になっているのでお若い世代には聞きやすいのだろうな。モノラル・ヴァージョン同様のガッツが感じられるのも確か。悪くないかも。一方、ぼくのような古い世代のファンとしては時代が変わったことを思い知らされるというか、ノスタルジー的な意味合いも含めてちょっとだけ寂しい気もしなくはない。大滝さんはどう思うのかな。新技術大好きだったから、面白がったかな。

もともと当時ミックスを手がけたジョージ・マーティンにしてみればモノラル・ヴァージョンこそがメインで、ステレオはモノラル版のミックスを完成させたあとチャチャッとテキトーに作った…みたいな話もあって。CD化された際に一部ミックスし直しとかもしていたし。オリジナル・ステレオ・ミックスに固執する必要はあまりないのだろう。今回はそれぞれの楽器がデミックスによって切り分けられたうえで、より鮮明にバランスが取り直されている感触も。「オール・マイ・ラヴィング」間奏明けのベースのミストーンもこれまで以上に目立つようになりました(笑)。

というわけで、初期ビートルズ特有の、楽器や声がずいぶんと乱暴に左右に泣き別れた妙な定位が今回一新された、と。これまでは左右どちらかに寄せられがちだったドラム、ベース、ヴォーカルなどの定位が基本的にセンターへ。「アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア」とか、もともとは右にヴォーカル、コーラス、サイド・ギター、左にリード・ギター、ドラム、ベース、クラップ。それが今回は右にサイド・ギター、左にリード・ギター、センターにドラム、ベース、ヴォーカル、コーラス、クラップになった。「抱きしめたい(I Want To Hold Your Hand)」は右にリード・ギター、左にドラムとベース、センターにヴォーカル、クラップ、サイド・ギターだったのが、今回は右にリード・ギター、左にサイド・ギター、センターにドラム、ベース、ヴォーカル、コーラス、クラップになった。

リズム隊のいない「イエスタデイ」とかも新鮮。これまでは右に生ギター、左に弦楽四重奏、センターにヴォーカルという定位だったのが、今回はセンターにヴォーカルと生ギターが来て、右に弦カルから分離されたチェロ、左に残りのヴァイオリンとヴィオラ…という定位になった。最新AI技術ではチェロだけ弦楽四重奏から切り離しやすかったってことかな。とにかく、ストリングスの響きが左右に分かれて全体を包み込む形になっている。

ただし、全部が全部、リズム隊をセンターに置いているわけではなく、「ヘルプ」とか「マジカル・ミステリー・ツアー」とか、今なおドラムまるごと片側に寄せた仕上がりのものもあって。さて、これが最善の定位と判断されたうえでのことなのか、技術的な制限からくる措置なのか、その辺はよくわからない。そういえば、最初フツーにiPhoneとかでストリーミングを聞いているときは気づかなかったのだけれど、「ドライヴ・マイ・カー」のどアタマのドラム・フィルとか、これもタムだけデミックス技術で抽出したのか、右寄りに定位させていたりして。やれることは全部試してみている感じもするなぁ…。

そんなことにもあれこれ思いを巡らせつつ、新世代だけでなく旧世代も改めて楽しむべきビートルズの“新ベスト”と受け止めましょうかね。ビートルズってやっぱりごきげんな演奏していたんだな、という事実も改めて思い知ることができます。いろいろ賛否両論あるらしき「ナウ・アンド・ゼン」も、ぼくはわりと普通に楽しめているし、ジョンとポールが“Now and then, I miss you”って声を揃えているとか、その事実だけでも胸が震えるし。

ただ、今回“赤”“青”それぞれの2CD版のほかに3LP版というのも出ていて。LP版のほうの「ナウ・アンド・ゼン」の収録位置が妙なんだよなぁ。

というのも、2CD版は今回初収録の曲も含めて全曲、基本的には年代順に並んでいるのだけれど。3LP版は“赤”“青”ともども、LP1とLP2がこれまでの1973年オリジナル・エディション通りの曲順になっていて、LP3が今回追加された曲を並べたボーナス・ディスクになっている。

で、「ナウ・アンド・ゼン」は2CD版だとCD2のいちばん最後、ラストを締めくくる曲として収められているのだけれど。“青”の3LP版だとボーナス・ディスクにあたるLP3のA面1曲目に入っているのだ。なので、そのLPは「ナウ・アンド・ゼン」でスタートして、そのあとに今回新たに選曲された“ホワイト・アルバム”〜『アビー・ロード』までのナンバーが並んでいる、と。

アナログLPの場合、外周のほうが音がいいから…とか、どうせボーナス・ディスクだから…とか、いろいろ理由はあるのかもしれないけれど。この曲順がなんだか落ち着かない気も。アナログ盤の曲順って、収録時間の制限とかもあって、いろいろむずかしいっすね。CD版の「ロング・アンド・ワインディング・ロード」から「ナウ・アンド・ゼン」って流れのほうがしっくりする気もするけど。

いずれにしても、今回の目玉は“赤盤”の初期レパートリーの新ステレオ・リミックスであることは確かで。このままデミックス技術を使った初期アルバム群のリミックス・プロジェクトが順次始まっていくことの予告編みたいな感じなのかなぁ。まだまだビートルズ絡みで散財させられ続けるってことなのかなぁ。ま、楽しいけどさ…。

Resent Posts

-Disc Review
-