ホーンテッド・マウンテン/バック・ミーク
バック・ミークというと、もちろんビッグ・シーフの一員としての活動がいちばん気になるところではあるのだけれど。そんな中、近年ちょっと驚いたのは、ボブ・ディランの『シャドウ・キングダム』への参加だった。
いや、参加といっても基本的にはマーク・リボー人脈のシャザード・イスマイリや女性ベーシストのジェイニー・コーウェンらと一緒の“バック・バンド役”で。グレッグ・リーズ、ドン・ウォズ、ティム・ピアース、ジェフ・テイラーらベテラン勢がレコーディング・スタジオで事前収録した演奏に合わせて、映像上“手パク”していただけみたいだったけれど。
でも、ボブ・ディラン御大のバックで彼を支える“若い世代のミュージシャン”という役どころの一端を象徴的に担ったことは確かなわけで。この起用、ディランのことが大好きで、ビッグ・シーフにも大いに期待している一音楽ファンとしてはちょっとうれしかったものです。
と、そんなバック・ミークの新作ソロ。フル・アルバムとしては2018年の『バック・ミーク』、2021年の『トゥー・セイヴィアーズ』に続く3作目だ。プロデュースはペダル・スティールやフィドルでも参加しているマット・デヴィッドソン。アダム・ブリスビン(ギター、ピアノ)、弟のディラン・ミーク(キーボード)、ケン・ウッドワード(ベース)、オースティン・ヴォーン(ドラム)ら、前ソロ作から引き続きのメンバーとともにテキサスのソニック・ランチ・スタジオで録音された。
全11曲中5曲の歌詞を同郷テキサス出身の女性シンガー・ソングライター、ジョリー・ホーランドと、1曲をアダム・ブリスビンと、それぞれ共作。ラストに収められている「ザ・レインボウ」はジュディ・シルが遺した未発表の歌詞をもとにミークが曲をつけたものだとか。
ご本人はこのアルバムをラヴ・ソングのコレクションだと語っていて。大半が奥さまとのことを下敷きに書かれているらしい。彼女と出会った瞬間のことから綴った「ディドゥント・ノウ・ユー・ゼン」では“そのときぼくは君を知らなかった/でも愛は深まった/ぼくの愛はすべてを知っていた/初めてのキスはまるで故郷のようだった/涙があふれた/そして今、1000回のキスを繰り返したあと/それでもひとつひとつが初めてのように感じられる”とか歌っていて。やー、ロマンチックじゃないですか。
とはいえ、別にすべてがラブラブってわけでもなく。たとえば「シークレット・サイド」って曲とか。夜遅く、家に帰ってきたらドアの向こうに聞いたこともない声で不思議な歌詞の曲を歌う“君”がいることが描かれていたり、“助けようとすることが君を傷つける/だから、ぼくは君を悲しませようとするよ”とか歌っていたり。「パラダイス」という曲でも、“君の瞳に天国が見える/話してくれよ/死後の暮らしについて/光でできた薔薇の家/君の瞳にそれが見える”とか、愛する人に対してなんだか妙な詰め方しているし(笑)。
「キクラデス」って曲は、カリフォルニア州シスキュー郡で一人暮らしをしていた若き日の父親がバイクで走っていたときヘラジカと激突してしまったエピソードで始まって、その数年後、今度はギリシャのキクラデスで激しい雨風の中、両親が運転する車がスリップしてトレーラー・トラックと正面衝突したものの、なぜかすり抜けて助かったという話へつながる。ところが、子供のころ聞いたその話を最近、両親にしてみたところ、あれは作り話だと言われた、みたいな(笑)。でもって、ミークは“覚えきれないくらい、たくさんの物語がある/語るべき物語が多すぎる…”と歌うのでした。
オルタナで、時にアンビエントっぽい空気感をたたえながら巧みに構築されたアメリカーナ・サウンドも魅力的。ふわーっとしたミークのヴォーカルも不思議な吸引力を放っている。聞きながらふと方向感覚を見失うような気分になったり。でも、それがなんともドラッギーで気持ちよかったり。
ビッグ・シーフではどうしてもエイドリアン・レンカーの脇役っぽい見え方をしてしまいがちなバック・ミークだけど。いやいや、こちらも素晴らしいシンガー・ソングライターです。そんなことを、改めて。