Disc Review

Shadow Kingdom / Bob Dylan (Columbia/Legacy)

シャドウ・キングダム/ボブ・ディラン

30年以上、ほぼ休みなく続けられてきたネヴァー・エンディング・ツアーが新型コロナの襲来を受けあえなく中断してしまったのが2019年12月。当然ながら2020年4月に予定されていた来日ツアーも全キャンセル。チケット何公演ぶんも買って待ちわびていたのに…。まあ、パンデミックのさなか、素晴らしい新作スタジオ・アルバム『ラフ・アンド・ロウディ・ウェイズ』をリリースしてはくれたものの、ライヴ・パフォーマーとしてのディランの最新情報はまったく伝わってこずじまいになってしまっていた。

と、そんなころ、ステイ・ホームを余儀なくされていたぼくたちの元へとディランが突如届けてくれた衝撃のプレゼント。それが、米国時間の2021年7月18日に有料配信されたモノクロのパフォーマンス映像『シャドウ・キングダム〜アーリー・ソングズ・オヴ・ボブ・ディラン』だった。

あれには盛り上がった。仏マルセイユの“ボンボン・クラブ”なる、たぶん架空のジュークジョイントふう酒場を舞台に、ビッグ・シーフのバック・ミーク、マーク・リボーとのコラボなどでおなじみのシャザード・イスマイリら新たな顔ぶれのバンドを従えたディランが、女、男、黒人、白人、入り乱れる客を前に往年の自作曲を次々演奏していく50分のモノクロ作品で。

絶え間なく立ちのぼる紫煙。アルコールの匂い。1940年代ふうのファション。バンドの面々だけ黒いマスク姿で。ディランと店の客たちはノー・マスク。ディランの往年の音楽を今の時代へと受け継がんとする若き新世代の演奏家だけがコロナ禍という現実世界にいて、ディラン本人と聴衆は、どこかパラレルに存在する夢の世界にいる亡霊であるかのような…。

そんなムードの中、演奏される過去曲たち。これがどれも素晴らしく。1960年代から10曲、1970年代から2曲、1980年代から1曲。もちろん、そこは一筋縄にはいかないディランだけに、「風に吹かれて(Blowin' in the Wind)」も「くよくよするなよ(Don't Think Twice, It's All Right)」も「ライク・ア・ローリング・ストーン」も「見張塔からずっと(All Along the Watchtower)」も「天国への扉(Knockin' on Heaven's Door)」もなし。そういう意味では一般的な代表曲集というわけではないのだけれど。

ディラン・ファンにとっては、おっ、そこ来たか! 的な“おいしい”選曲で。それらをアコースティック基調のドラムレス編成で淡々と、新鮮に綴っていく。音は事前収録され、映像のほうでは前述のメンバーたちがそれに合わせて“手パク”“口パク”。実際の演奏にはグレッグ・リーズ、ドン・ウォズ、ティム・ピアース、ジェフ・テイラーらが参加しているらしい。

その音のほうが本日、6月2日にCDとLPとなってリリースされましたー! 光栄なことに今回もぼくは菅野ヘッケルさんとともに国内盤のライナーノーツを書かせていただいているので、収録各曲についての細かいことはぜひそちらを参照していただければと思うのだけれど。

この4月に行なわれた来日ツアーでも、まあ、セットリストの中心となっていたのはもちろん『ラフ&ロウディ・ウェイズ』の収録曲9曲だったものの、こちら、『シャドウ・キングダム』で再演されていた過去曲からも5曲、「川の流れを見つめて(Watching The River Flow )」「我が道を行く(Most Likely You Go Your Way)」「マスターピース(When I Paint My Masterpiece)」「アイル・ビー・ユア・ベイビー・トゥナイト」「トゥ・ビー・アローン・ウィズ・ユー」が歌われていたわけで。ディランにとってこちらの『シャドウ・キングダム』も『ラフ&ロウディ・ウェイズ』に次ぐくらい重要な新作アルバムだったということの証なのかも。

ライヴではドラム入りのバンド編成だったので印象が違っていたけれど、「我が道を行く」も「アイル・ビー・ユア・ベイビー・トゥナイト」も基本的な路線は『シャドウ・キングダム』ヴァージョンの延長戦上だったし、残る3曲は『シャドウ・キングダム』で披露された改訂版の歌詞でのパフォーマンスだった。

「マスターピース」のラスト、スタジオ・ヴァージョンでは“いつかすべてが変わってくる/ぼくが傑作を書き上げるとき”と歌われる個所が『シャドウ・キングダム』では2番に移動し、最後は“いつかすべてが美しく変わる/ぼくが傑作を書き上げるとき”と締めくくられていて。この“different”から“beautiful”へのたった一語の変化は、でも実はとてつもなくでかい変化だったし。「川の流れを見つめて」でもパンデミックを否応なく体験した視点ならではの、ある種の“別れ”のイメージを盛り込んだいくつかの書き換えが印象的だった。ライトな愛の告白ソングだった「トゥ・ビー・アローン・ウィズ・ユー」に至っては歌い出しの歌詞以外ほぼ全取っ替えという勢いで書き直され、“死”への思いが漂う不穏なものになっていたし。

それらを含め、ディランがここで提示してみせた過去レパートリー群の最新型は、ほんと侮れない。調性が揺れまくる「悪意の使者(The Wicked Messenger)」とか、サビ抜きの「いつまでも若く(Forever Young)」とか、オリジナルとはキーの違う「イッツ・オール・オーバー・ナウ、ベイビー・ブルー」とか「クイーン・ジェーン」とか「トゥームストーン・ブルース」とか…。1980年代から唯一セレクトされた「お前の欲しいもの(What Was It You Wanted)」とかもなかなかに響く。刺さる。基本的な構成はオリジナル通りながら、ヴァースとヴァースをつなぐブリッジ部が微妙に変化。不吉さと、それゆえの美しさをオリジナル以上のスリルとともに交錯させつつ、神への問いかけを繰り返す中、何らかの意味を見出そうと足掻く男の言葉にさらなる深みを与えている。

実はこの『シャドウ・キングダム』セッションでは他にも何曲か録音されたらしいという噂もあり。となると、もしかして来日公演でも演奏されていた「ガッタ・サーヴ・サムバディ(Gotta Serve Somebody)」とか「エヴリ・グレイン・オヴ・サンド」とかゴスペル期の作品とかのニュー・ヴァージョンももしかしたら録音されているのかも…とか。妄想むくむくです。

昔の曲でも今なお新たにアタマをぐるぐるにしてくれるディラン。やばい人だな、まじ。ちなみにアナログ盤も出ていて。LP2枚組(Amazon / Tower )。ABC面の3面に音が入っていて、D面はエッチングがデザインされています。CDもLPも国内盤には改訂される前のオリジナル歌詞の佐藤良明さんによる訳ももちろんついています。

ちなみに映像のほうはApple TVとかで6月6日から公開だとか。やったね。有料だけど。また見られるねー。

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