ザ・グレイター・ウィングズ/ジュリー・バーン
自宅で録った7曲入りのカセットを限定100本という形で世に出したのが2012年。それを元にした初フル・アルバム『ルームズ・ウィズ・ウォールズ・アンド・ウィンドウズ』を自主リリースしたのが2014年。ブルックリンのインディ・レーベル、バ・ダ・ビン・レコードから傑作セカンド『ノット・イーヴン・ハピネス』を出したのが2017年。このセカンドが日本でも出て。ぼくもそのとき初めて聞いてこの人の魅力にハマったわけですが。
そんなふうにゆったりしたペースで活動してきた米シンガー・ソングライター、ジュリー・バーンの新作、出ました。『ノット・イーヴン・ハピネス』から6年ぶり。さらにペースがゆっくりになってきたみたいだけれど。
実は、ニュー・アルバムに向けての曲作りは前作リリース後、ツアーの合間を縫いながら2018年にスタートしていたのだとか。そして2020年冬、プロデューサーでもありプライベートなパートナーでもあったエリック・リットマンがシカゴに構える自宅スタジオでレコーディングがスタート。翌年春にニューヨークにポータブル録音キットを持ち込んでマリル・ドノヴァンのハープをダビングしたり、前作にも参加していたジェイク・フォービー編曲によるストリングスをロサンゼルスで加えたり…。少しずつ少しずつ、着実に作業を進めていたものの。
2021年6月、エリック・リットマンが31歳という若さで他界。当然、レコーディングは中断。ジュリーさんも悲しみのどん底へ。彼女が悲しみを乗り越えて新たな曲作りにとりかかり、レコーディング作業を再開するまでに半年以上かかったという。
今回はやはりブルックリンのインディーズ・レーベル、ゴーストリー・インターナショナルの下でレコーディングが進められていたのだけれど。2022年1月、ゴートリー・インターナショナルは、シガー・ロスやジュリアナ・バーウィックなどとの仕事で知られるアレックス・ソマーズを新プロデューサーに起用。ニューヨークのスタジオでアルバムを完成へと導いた。ちゃんとしたレコーディング・スタジオでジュリーさんが音作りに挑んだのは今回が初だとか。
と、そんな曲折を経てできあがった本作『ザ・グサイター・ウィングズ』は、各所で軒並み高評価を獲得した前作をもしのぐ、深みのある素晴らしい仕上がりに。“死”が彼女から奪ったものと、奪えなかったものと。感情の限界と、限界の向こう側と。記憶と未来と。喪失と再生と。さまざまな思いが静かに、しかし確かな手応えの下で交錯している。
音像的には過去作同様、基本的にはジュリーさんが奏でるアコースティック・ギターを中心に展開していくのだけれど。そこにエリック・リットマンのシンセサイザーと、ジェイク・フォービーのストリングスとが浮遊感たっぷりに絡んで、なんともいえないドリーミーな世界観を編み上げている。その絡み合い具合は前作以上の完成度かも。
中にはアコースティック・ギターなしで、リットマンやソマーズによるシンセと、マリル・ドノヴァンのハープと、フォービーのストリングスだけでバックアップした「サマー・グラス」のような曲もあって。にもかかわらず、それがあくまで陶酔感に満ちたジュリー・バーンの弾き語り曲のようにこちらの胸に届いくるという新境地も。ぐっときました。
奥行きのある空間を、ブリージーに、つぶやくように漂うジュリーさんの歌声も素晴らしいです。ジャクソン・ブラウンの「ジーズ・デイズ」のカヴァーも含む4曲入りのボーナス・ディスクが付いた“ラフ・トレード・エクスクルーシヴ・エディション”もあり。