ノーム/アンディ・シャウフ
本ブログでは過去作をこことかここで紹介してきたアンディ・シャウフの新作です。
この人の場合、アルバムがひとつの大きなストーリーの下で構築される、いわゆるコンセプト・アルバム的な作品が多いのだけれど。今回はもともと、そういう方向性ではなく、収録曲ひとつひとつがそれぞれ単独で、関係なく並んでいるごく普通のアルバムを作ろうと考えていたのだとか。それで“ノーム”(ノーマルの意)というアルバム・タイトルを想定したものの。
作っているうちに、“ノーム”という名前の登場人物がアンディさんの頭の中に生まれ、動き出し初めて。アルバム全体がノームというキャラクターを通してひとつに結ばれてしまった、と。こうしてまたまたアンディ・シャウフならではの新たなコンセプト・アルバムが誕生したわけだ。
繊細でメロウなメロディラインは変わらず。そのまま。アレンジ的には、もちろんこれまでの淡々としたフォーキーな持ち味もあるのだけれど、今回は全体的にそれよりちょっとジャジー寄りというかブルー・アイド・ソウル寄りというか、そっち方面にシフトしている感じで。深くメランコリックな音像を構築している。
なんでも、このアルバムのレコーディングにとりかかる前、アンディさんはダンサブルなディスコ・アルバムの制作に挑んでいたらしく。結局その計画は頓挫したのだけれど、その際に使ったシンセサイザーとかも今回それなりに面白い形で流用されていてちょっと新鮮。そうした音世界だけに没入していても十分楽しめる1枚ではあります。
が、歌詞のほうに耳を傾けるとだいぶイメージが変わってきて。オープニングを飾る「ウェイステッド・オン・ユー」とエンディングを飾る「オール・オヴ・マイ・ラヴ」で繰り返し繰り返し自問される“ぼくの愛はすべて無駄だったのか…”というフレーズがなんとも痛い。苦しい。
2曲目に入っている「キャッチ・ユア・アイズ」って曲で明らかになるのだけれど。このノームって主人公は、グロサリー・ストアでたまたま見かけた女の子に恋をして、後を追いかけたけれど彼女はまったく振り返ってもくれなくて、でもその無邪気だったはずの思いがやがてストーカー的な執着へと変わっていく、と。そんな様子が他の曲を通して綴られていって…。その、なんというか、微妙に不安定な、やばい揺らぎのようなものが不気味に心に忍び寄ってきて最後には静かに戦慄する、みたいな。
イエス・キリストとはまた違う、ノームの世界の“神”みたいな創造主の視点で語られる歌もあったりして、ぼく程度の英語の理解力ではよくわからないのだけれど。わからないってことも含めていろいろ考えさせられる。デヴィッド・リンチの『マルホランド・ドライブ』にインスパイアされた物語だとか。ノーマルという語を連想させる名前の主人公のノーマルじゃなさそうな思いをじわじわ浮き彫りにする物語。でも、いやそれこそが実はノーマルなのかも…的な? でも、当然ながらアンディは最終的に行き着く地点をきっちり明示することなく物語を閉じてしまって。余韻は聞き手にすべてまかされるのだ。
これもまた優れたストーリーテラーとしてのひとつの在り方なんだろうなと思います。