Disc Review

Melt Away: A Tribute to Brian Wilson / She & Him (Fantasy/Concord)

メルト・アウェイ:ア・トリビュート・トゥ・ブライアン・ウィルソン/シー&ヒム

間もなく日本でも劇場公開される『ブライアン・ウィルソン/約束の旅路』って映画の中で、ブルース・スプリングスティーンがビーチ・ボーイズについてむちゃくちゃかっこいいこと言っていて——

「ロックンロール史上、ビーチ・ボーイズ以上に偉大な音楽を創造した者はいない。彼らは世界中の人々のために南カリフォルニアを再定義してみせた。聞き手がどこにいようと、彼らは聞き手を別の場所へといざなってくれた」

と。

スプリングスティーン親分はここで、“世界中”の人々というふうに地理的な広がりに特化して話しているのだけれど。それは世代というか、時代というか、そういう時間軸的な広がりにもたぶんつながっていて。同じアメリカのカリフォルニアに暮らしている人々であっても、違う時代に暮らす違う世代にとって、ビーチ・ボーイズ/ブライアン・ウィルソンの音楽を聞くという行為はきっと特別なのだと思う。

そんなことを思わせてくれた1枚だ。ビーチ・ボーイズがメジャー・デビューを飾ってから10年ほどした1973年に米国オレゴン州ポートランドで生まれ南カリフォルニアで育ったM.ウォードと、さらにその10年弱後の1980年に彼らの地元であるカリフォルニア州ロサンゼルスで生まれたズーイー・デシャネルによるポップ・デュオ、シー&ヒム。この二人に対しても、ビーチ・ボーイズ/ブライアン・ウィルソンは音楽を通して1960〜70年代のカリフォルニアというマジカルな場所と時代の存在意義を再定義し、別の時空へといざなってくれたのだろうな、と。だから、ブライアンの『ノー・ピア・プレッシャー』に客演したときとかもすごくよかったし。何よりうれしそうだったし。

シー&ヒムの場合、なんか五月雨式っぽくいろいろなホリデー・アルバムとかが出ているのでよくわからないのだけれど、たぶん彼らにとってこれが7作目のスタジオ・アルバムってことになるのかな。タイトルを見れば一目瞭然、今回の新作はブライアンに捧げられたブライアン作品のカヴァー・アルバムだ。

南カリフォルニア育ちの二人ながら、ここにピックアップされた楽曲群は、ブライアンが1988年にリリースした初ソロ・アルバムに収められていたタイトル・チューン以外、年齢的にリアルタイムで体験したものではないはず。それでもこれらの楽曲がはらんでいる空気感はM.ウォードにとってもズーイーにとっても抗いようのない“故郷”みたいなものなのだろう。

M.ウォードならではの、心地よいような、でも、どこか不安定な、独特のポップ・アンサンブルの下、年齢を重ねてもなおキュートさと瑞々しさを失わないズーイーと、淡々としたM.ウォード、二人の歌声が交錯する。

とにかく選曲がいい。まあ、先日のCRTビーチ・ボーイズまつりで竹内修くんが指摘していたように、1960年代後期に作られたブライアン作の未発表作品「ウィーアー・トゥゲザー・アゲイン」のテーマ・メロディをもとにブルース・ジョンストンが発展させた、ほぼ90%ブルース作の曲と言ってもいい「ディードリ」とかもセレクトされていて。それはどうかなぁ…みたいな部分もなくはない。

コード進行の捉え方というか、いじり方というか、ハーモニーの重ね方とか、そういう面でちょっと疑問に感じる局面も少なくない。まあ、M.ウォードならではの音の積み方とブライアンのそれとの融合と解釈すべきなのかな。ぼくのような口うるさいオールド・ファンにしてみると、いろいろ言いたくなる部分もあるっちゃあるわけです。メロディも、これ、ほんとに原曲をちゃんと把握してるのかな…と疑っちゃう個所があったり。うるさいよね。すんません(笑)。

でも、最終的にはなんだか全体に好感が持てるような。ほっこりするような。ブライアンに対する深いリスペクトと、温かい親しみとが全編に漂う素敵な1枚に仕上がっております。「ティル・アイ・ダイ」の解釈とか、けっこう踏み込んだ感じで興味深かった。がっつりミュージシャンとして別の場所で定評を確立しているM.ウォードと、女優さんとしておなじみのズーイー・デシャネルとが、趣味全開にして自由に好きなことをやっているシー&ヒムならではの適度にマニアックな佳盤って感じ。限定のイエロー・ヴァイナルとかもあり。

ジョーイ・スパンピナートがベースで参加。「ドゥ・イット・アゲイン」にはブライアンご本人もヴォーカルでゲスト参加してます。御大もこのアルバム、お気に入りだとか。

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