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Disc Review

In the Country / Richie Furay (Renew Records/BMG)

イン・ザ・カントリー/リッチー・フューレイ

カントリー・ロックの始祖というと、まあ、ぼくもいろいろなところで発言させていただいてきた通り、グラム・パーソンズとか、マイケル・ネスミスとか、そのあたりの名前がパッと思い浮かぶわけだけれど。この人のことも忘れちゃいけない。リッチー・フューレイ。ポコの創設メンバーのひとりでもあるリッチー。

ポコというバンドは、バッファロー・スプリングフィールドのラスト・アルバム『ラスト・タイム・アラウンド』に収められた「カインド・ウーマン」のレコーディング・セッションで顔を合わせたリッチーと、ジム・メッシーナ、ラスティ・ヤングを中心に、のちにイーグルスに加入することになるランディ・マイズナーらを加え、1968年、ロサンゼルスで結成されたわけだけれど。フライング・ブリトー・ブラザーズと並んで、早い段階からカントリー・ロックというサウンド・スタイルの完成に貢献した重要なバンドだった。

同じバッファロー・スプリングフィールドを母体に誕生したクロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤングに比べると、愛らしいバンド名やポップなサウンドの手触りのせいか、少々低く評価されがちなところもないとは言えないものの、ビートルズにも通じる絶妙のコーラス・ワークとスピード感あふれるカントリー・ビートとを合体させ、ロックンロールの現在形としてのカントリー・ロックを生み出した彼らの功績は忘れてはならない。ポコが1969年にリリースしたデビュー・アルバムにリッチーが提供したタイトル・チューン「ピッキン・アップ・ザ・ピーシズ」で、彼はこんなことを歌っていたっけ。

“ぼくたちが歌うカントリー・ミュージックにはほんの少し魔法がかかっているのさ/さあ、始めよう/ぼくたちが君を故郷に連れて帰ってあげる/そこじゃみんな幸せそうに、気楽に、座って、演奏して、笑って/君とぼく/壊れたかけらをひとつずつ拾い集めながら、また始めよう”

と、そんなリッチーの新作アルバムは、なんと真っ向から彼が親しんできた新旧カントリーをカヴァーしまくった1枚だった。去年、本ブログでも取り上げたライヴ盤『デリヴァリン・アゲイン』に続いて、現在78歳にしてなお元気なリッチーが放つニュー・リリースってことになるのかな。もともとは今年のレコード・ストア・デイのために1800枚限定でプレスされたLPの一般発売ってことになるみたい。

キース・アーバンの「サムバディ・ライク・ユー」(2002年)でスタートして、リー・アン・ウーマックの「アイ・ホープ・ユー・ダンス」(2000年)、ジョン・デンヴァーの「故郷へかえりたい(Take Me Home, Country Roads)」(1971年)、サミー・カーショウの「シー・ドント・ノウ・シーズ・ビューティフル」(1993年)、ジョン・ベリーの「ユア・ラヴ・アメイズド・ミー」(1994年)、アラバマの「アイム・イン・ア・ハリー」(1992年)、リッキー・ネルソンの「ロンサム・タウン」(1958年)、マーク・コーンの「ウォーキング・イン・メンフィス」(1990年)、ローンスターの「アイム・オールレディ・ゼア」(2001年)、ガース・ブルックスの「ザ・リヴァー」(1992年)、コリン・レイの「イン・ジス・ライフ」(1992年)、そしてバディ&ジュリー・ミラーの「チョーク」(2009年)へ。

ここまでが本編。1950年代から2000年代まで。1990年代ものを中心にずいぶんと幅広く取り上げて気持ち良さげに歌っている。娘さんのジェシー・フューレイと旧友ティモシー・B・シュミットのコーラスを従えて歌われる「シー・ドント・ノウ・シーズ・ビューティフル」とか、ジョン・ベリー自らがデュエット・パートナーとして参加した「ユア・ラヴ・アメイズド・ミー」とか、昔からの愛唱歌だったんだろうなと思わせてくれる「ロンサム・タウン」とか、リラックスしたリッチーの様子が伝わってきて楽しい。

で、ラストに2曲、ボーナス・トラックが。ひとつは前出「ピッキン・アップ・ザ・ピーシズ」の再演版。そしてもう1曲がジェシーとの親娘デュエットによるジョージ・ストレイトの「アイ・クロス・マイ・ハート」(1992年)。

プロデュースはヴァル・ギャレイ。オリジナル書き下ろしなしのカヴァー・アルバムではあるけれど、リッチーならではの陽性の歌声は今なお魅力的だな、と。そんなことを改めて噛み締めるのでありました。

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