Disc Review

Watertown: Expanded Edition / Frank Sinatra (UMe/Frank Sinatra Enterprises)

ウォータータウン:エクスパンデッド・エディション/フランク・シナトラ

1998年5月、フランク・シナトラが82歳で亡くなったとき、その報を受けて、ぼくが当時DJをつとめていたFMの音楽番組で急遽、追悼特集を生放送したことがあった。2時間の放送枠すべてをシナトラの歌声で綴った。ほんの2時間で彼の雄大な歴史をすべて振り返ることなどできはしないのだけれど、それでも彼の偉大さのほんの一端でも、リスナーとともに改めて味わい直したいと思って選曲した。ありがたいことにリスナーのみなさんには大方好評だったのだけれど。

が、中には“なんでシナトラみたいな旧態依然とした古い存在の曲で番組全部をつぶすんだ”といった苦情も少なからず届いた。ぼくの番組が基本的にロックンロール誕生以降のオールディーズ・ポップを中心にしたものだったせいもあるのだろうが。ちょっと寂しかった。あの時期、フランク・シナトラが代表する文化に対して、そういう認識を抱いていた日本の音楽ファンも少なくなかったということだ。

今はどうなんだろう。状況はあまり変わっていないのかもしれないけれど。ともあれ、フランク・シナトラ的な文化とロックンロール的な文化と、両者を対立軸のように捉えている限り、アメリカン・ポップ・ミュージックの雄大な魅力をまるごと味わうことはけっしてできないとぼくは思っている。シナトラからディオン、フランキー・ヴァリ、ラスカルズあたりを経由してやがてブルース・スプリングスティーンにまで至る東海岸ポップ・ミュージックの系譜、というか。

そういう流れでフランク・シナトラの歴史をとらえるとき、絶対に無視できない1枚がこのほど新たなミックスを施されてデラックス・エディションとして復活した1970年のコンセプト・アルバム『ウォータータウン』だ。

これは出身地も同じ、ニュー・ジャージーの後輩イタリア系アメリカ人アーティスト、フォー・シーズンズ人脈とのコラボレーション・アルバム。シナトラに憧れて自らも芸名として“フランキー”を名乗ったフランキー・ヴァリを介して、フォー・シーズンズに無数のヒット曲を書いたメンバーのひとり、ボブ・ゴーディオが制作に関与した1枚だった。

ゴーディオがアルバム全曲の作曲を担当。前1969年、大いに賛否を呼んだフォー・シーズンズの実験的アルバム『ジェニュイン・イミテーション・ライフ・ガゼット』でも協力していた西海岸のシンガー・ソングライター、というか、レッド・ツェッペリンに「幻惑されて(Dazed and Confused)」をパクられたことでもおなじみ(笑)のジェイク・ホームズが作詞。編曲はやはりフォー・シーズンズ絡みのチャーリー・カレロが全面的に手がけている。

となると、当時シナトラが多く取り組んでいたコンテンポラリーなポップ・アルバムになるのかと思いきや、方向性はアメリカの生活を冷静に見据えた前述の問題作『ジェニュイン・イミテーション・ライフ・ガゼット』と同じ。アメリカのスモール・タウンを舞台に、きらびやかな装飾をすべて廃したドラマを描くというシリアスなものだった。幼いころからシナトラに憧れ続けてきたゴーディオとカレロは、内容的にも音楽的にも、シナトラが1950年代にリリースしてきた内省的なブルー・バラード集のようなアルバムのフォーマットを継承しようとした。

こうして完成したのが、“ウォータータウン”という架空の町に暮らし、妻を亡くし、ひとりで育てた息子たちも大都会に奪われてしまった名もない男の喪失感を描いた本作。本当に素晴らしい意欲作だったわけだけれど、残念ながらキャッチーさとは無縁の、重く、渋い問題作と当時のシーンからは受け止められ、セールス的には惨敗。時代の変化とともに徐々に押し寄せつつあった人気低迷の波に対抗するため、後輩世代との意欲的なコラボレーションに乗り出したシナトラの目論見は、少なくとも商業的には失敗に終わった。発売後1年で、それまでのシナトラからは考えられない3万枚ぽっちの売り上げ。全米アルバム・チャートではなんと101位どまり。後輩の限りない敬意が偉大な先輩の人気失速に拍車をかけてしまったわけだ。

ゴーディオの作業の進め方を優先したため、オーケストラによるバック・トラックをまずニューヨークで録音し、あとからロサンゼルスでシナトラのヴォーカルをダビングしたことも結果的には失敗だったのかも。シナトラにとっては異例中の異例の歌入れ法。唯一、オーケストラとともにスタジオ入りしなかったアルバムとなったわけだが、この慣れない作業が災いしたか、オケとヴォーカルとがどこか密に絡まない、少々他所行きな感触の音像に仕上がってしまった。これも当時のファンにとって大きな違和感だった。

とはいえ、内容的には素晴らしい。シナトラの歌声は、全盛期ほどの伸びやかさを失ってはいたものの、そのぶんむしろ生々しく、傷つきやすく、感動的。持ち前のストーリーテラーとしての力を全開にしながら、ジェイク・ホームズが紡いだ言葉のひとつひとつに生命を吹き込んでいた。その淡々とした、しかし切実で胸にしみるドラマは、時を重ねるごとに少しずつ評価を高め、1994年にはリー・ハーシュバーグがリマスターしたCDも出た。そこにはアルバム未収録のアウトテイク「レディ・デイ」のオリジナル・ヴァージョンも追加されていた。ものすごく充実したライナーもついていた。

フォー・シーズンズの『ジェニュイン・イミテイション・ライフ・ガゼット』同様、フランク・シナトラの『ウォータータウン』もようやく広く再発見され、革新性が正当に評価されるようになっていった。そうした評価をさらに確実なものにしてくれそうなのが本デラックス・エディションだ。オリジナル・アルバム収録の全10曲をラリー・ウォルシュがオリジナル・マスター・テープから全面リミックスしている。

CDとデジタル・ストリーミング版にはボーナス・トラックとして、前述のアウトテイク「レディ・デイ」のオリジナル・ヴァージョンと、新たなアレンジのもとでシングルとしてリリースされた同曲の再録ヴァージョン、セッション・オルタネート・テイク4トラック、そして当時のリプリーズ・レコードによるラジオCMが2つ、追加収録されている。うれしい。

もちろんオリジナル・アルバム通りの全10曲入りアナログ盤(Amazon / Tower)もあり。元のアナログも持っているけど、こっちのニュー・リミックスLPも注文しちゃいましたー…。

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