クルエル・カントリー/ウィルコ
世の中的にウィルコの代表作というと、ジム・オルークが制作に参画し、いわゆる音響派というか、エクスペリメンタル系というか、そういった方面のファンの興味も惹きつけて一気に注目度を上げた2001年のアルバム『ヤンキー・ホテル・フォックストロット』ってことになるのかな。
音響派とかいまだによくわからずじまいのぼくの場合、『ヤンキー・ホテル・フォックストロット』を初めて耳にしたとき、げっ、ウィルコってこんなふうになっちゃったの…と大いにたじろいだ、なんというか、こう、お古いタイプなもんで。
やっぱり、今なお彼らの代表作は1996年の2枚組『ビーイング・ゼア』だよなぁと思っている。そう。つまりアンクル・テュペロから細胞分裂するようにして誕生したオルタナ・カントリー・バンドとしてのウィルコ、ね。ロックンロール、グランジ、オルタナティヴ、パワー・ポップ、カントリー、フォーク、R&Bなど、多くの音楽要素を積極的に採り入れつつ、全編にわたって独自のメランコリックな歌心をかなり意図的にルーツ方面に寄せたサウンド・アプローチの下で貫いてみせていた初期ウィルコ。アルバムで言うと、1995年のデビュー作『A.M.』、前述『ビーイング・ゼア』、あるいは1998年、偉大なフォーク歌手、ウディ・ガスリーが生前に残した未発表歌詞を甦らせたビリー・ブラッグとの共演アルバム『マーメイド・アヴェニュー』あたりまで。
ただ、ここでオルタナ・カントリー・バンド、あるいはルーツ・ロック・バンドとしての彼らの印象を決定づけるうえで最大の肝となっていたフィドル、ラップ・スティール、バンジョーといったカントリー系楽器を一手に担当していたマックス・ジョンソンが脱退してしまって。1999年、ウィルコはもはや細かい音楽的分類を拒絶するかのような、よりポップでストレートなアメリカン・ロック・アルバム『サマー・ティース』を作り上げてみせた。このあたりのことは、以前、本ブログで『サマー・ティース』のデラックス・エディションを取り上げたときにも書かせてもらったことの繰り返しになるのだけれど。
以降、ウィルコはアルバムを重ねるごとに、メンバーチェンジも繰り返しながら、もはや通常のバンドではなく、ジェフ・トウィーディのソロ・プロジェクト的なニュアンスを強めつつ、幅広い音楽性の海をあっちに行ったりこっちに来たり揺れながら現在に至っているわけだけれど。そんなウィルコが、ここに来てなんと『ビーイング・ゼア』のころに立ち返ったかのような新作アルバムをリリースしてくれたのでした。しかも、なんだかバンドっぽいニュアンスを強めながら、だ。やばい。うれしい。それが本作『クルエル・カントリー』。2019年の『オード・トゥ・ジョイ』以来、12作目にあたるオリジナル・アルバムだ。
ウィルコが成長していくうえで、初期、わりと安易に課せられることになってしまった“オルタナ・カントリー・バンド”というレッテルづけのようなものから逃れることはとても重要で。それだけに、『ヤンキー・ホテル・フォックストロット』以降の彼らはカントリー的な要素をあえて遠ざけながら活動していたようにも思えるのだけれど。そうした極端な忌避感ももはや必要なくなったというか。フラットな気分になったというか。そうなってみればカントリーもまたバンドとしてのウィルコにとって、あるいはシンガー・ソングライターとしてのジェフ・トウィーディにとって、大切なルーツのひとつである、と。そういうことを改めて表明したような新作だ。
シカゴにある自分たちのレコーディング・スタジオ“ザ・ロフト”にジェフ・トウィーディ(ギター、ヴォーカル)、ジョン・スターラット(ベース)、グレン・コッチ(ドラム)、マイケル・ヨルゲンセン(キーボード)、ネルズ・クライン(ギター)、パット・サンソン(ギター)という2004年以降のメンバー6人が勢揃いして、ほぼ一発録りに近い形で録音されたらしい。全曲、トウィーディ作。
『クルエル・カントリー』、“冷酷なカントリー”というタイトルの“カントリー”には、カントリー音楽というのとは別の意味も託されているわけだけれど。そういう中で、音楽的な意味でも、カントリーではあるけれど普通のカントリーではない、自分たちならではのカントリーなんだということも宣言されているような。
なもんで、フライング・ブリトー・ブラザーズとか、ニール・ヤングとか、オールマン・ブラザーズ・バンドとか、グレイトフル・デッドとか、ボブ・ディランとか、過去の偉大なカントリー・ロック〜ルーツ・ロック・アクトに触発された味が横溢してはいるものの、それだけでなく同時に、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド的な切り口が感じられたり、ティム・バックリー的な“静謐な混沌”が漂っていたり、フィル・オクスを思わせる自虐的な、しかし覚悟をともなったルーツ容認感覚に貫かれていたり…。
パキパキと繰り出されるペダル・スティール・リックの背景にゴーストのようなアンサンブルを重ねてくるシンセサイザーの響きとか、トワンギー・ギターの不気味なトレモロ感とか、キーボードが提供するジャジーなニュアンスとか、ちょっとだけアバンギャルドな曲展開とか、かなり重層的な音作りがなされていて、さすがウィルコ。面白い。歌詞的にも、母親への複雑な思いが綴られていたり、現在の夢打ち砕かれたアメリカを覆う喪失感のようなものが描かれていたり。普通のカントリー音楽とは一線を画す世界観。こちらはシンガー・ソングライターとしてのジェフ・トウィーディの非凡さが存分に発揮されている感じだ。
とりあえず今のところダウンロードあるいはストリーミングのデジタル・リリースのみみたい。ストリーミングだと全21曲、だだーっと並んでいるけれど、いちおう11曲目の「ザ・ユニヴァース」までがディスク1、それ以降がディスク2。フィジカルは6月半ばの予定だとか。早く出してね。できればヴァイナルで。お願いします。ちなみに、9月には『ヤンキー・ホテル・フォックストロット』の豪華CD8枚組20周年記念エディションも!