Disc Review

The Freewheelin’ Bob Dylan / Bob Dylan (Sony Music Entertainment)

フリーホイーリン・ボブ・ディラン(完全生産限定アナログLP)/ボブ・ディラン

アナログLPのカッティング・マスター制作からスタンパー製造、そしてプレスまで、全行程を自前のシステムでこなしつつ、ビリー・ジョエルやエルヴィス・プレスリーらの往年の名盤を180g重量盤アナログLPで復刻してきた“ソニー自社一貫生産アナログ・レコード”シリーズ。

2018年にはシリーズ第2弾としてボブ・ディランの『追憶のハイウェイ61(Highway 61 Revisited)』も復刻されていたけれど。今年はディランが1962年にレコード・デビューしてから60周年ということで。今日、4月27日を皮切りに、5月、6月…と、3カ月連続で若き日のディランによる名盤が1作ずつアナログLP化される予定。

てことで、その60周年企画第1弾。まさに今日発売の『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』、取り上げておきます。まあ、今さらながら紹介するまでもない、あの「風に吹かれて(Blowin’ in the Wind)」とか「はげしい雨が降る(A Hard Rain's A-Gonna Fall)」とか「北国の少女(Girl From The North Country)」とか「戦争の親玉(Masters Of War)」とか、初期代表曲をたっぷり含む1963年リリースのセカンド・アルバム。ソングライターとしてのディランの本格的覚醒を記録した超名盤です。

昨今のフォーク・ソングは“ティン・パン・アリー”と呼ばれる音楽出版社が密集したアップタウン地区で作られている。でも、この曲は違う。アメリカのどこか、もっと南のほうで作られたものだ…という威勢の良い語りで始まるトーキング・ブルース「ボブ・ディランのブルース(Bob Dylan's Blues)」とか、若きディランの熱い心意気が炸裂。アコースティック・ギターとハーモニカだけを伴った弾き語りなのに、ぐいぐい推進するグルーヴに貫かれていて、好きだったっけ。この血気盛んな若者も、やがてティン・パン・アリー生まれのフランク・シナトラのレパートリーとかをカヴァーする未来を迎えるのだなぁ…。

もうこれまで何度再発されてきたかわからない1作。CDではもちろん、LPとしても、本家コロムビア/CBS/ソニーだけでなく、サンデイズドとか、モビル・フィディリティとか、DylanVinyl.com とか、いろいろなところで今なお復刻され続けていて。今さらっちゃ今さらではありますが。今回はソニーが自信をもってていねいに復刻した2022年最新リスマターによる重量盤。ジャケットはオリジナル米盤、オビは日本初発売盤の再現。これまでアナログでディランを体験したことがない世代の方には、ぜひ手に取ってもらいたい仕上がりかも。

ほんと、このアルバム・ジャケットは素敵だ。ちっこいCDサイズではなく、おっきいLPサイズのほうが断然いい。ディランだけでなく、仲むつまじく腕を組む当時の恋人、スージー・ロトロの表情もばっちり。

ご存じの通り、イタリア系移民で共産党員という家庭に育ったスージーは、17歳のとき当時20歳だったディランと出会ったのだけれど。アーティスティックで感性豊かなニューヨーカーである彼女がディランにもたらした影響は、ライフスタイル的にも、カルチャー的にも、人脈的にも、政治理念的にも、計り知れない。アルチュール・ランボーやベルトルト・ブレヒトをディランに教えたのも彼女だと言われている。ディランが自らの表現を深めていくうえでスージーの存在は、まじ重要だった。

さらに、スージーがヨーロッパに行ってしまったときの淋しさと切なさを吐露した「ダウン・ザ・ハイウェイ」や、ポール・クレイトンの曲に触発されて生まれた“座り込んで考えていたって意味がない/どっちにしろ仕方ないことなんだ”という歌詞に、スージーとの関係がうまくいかなくなり始めた時期の諦観や後悔を託した「くよくよするなよ(Don’t Think It Twice, It’s All Right)」など、恋愛をめぐる心情描写がディランの表現に加わったのも彼女の功績のひとつかも。

ちなみに、これもマニアにはおなじみの話だけれど、初期、日本でディランのアルバムはすべて、日本コロムビア・レコードからずいぶんと乱暴な独自編集がほどこされた形でリリースされていた。最初の1枚はディランのアメリカでのデビューから3年半ほど遅れた65年12月、“コロムビア・カレッジ・フォーク・シリーズ”の一環として世に出た『ボブ・ディラン!』。内容的には、1963年の『フリーホイーリン…』から7曲、1965年の『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム』から4曲、そして当時の最新シングルでもあった「ライク・ア・ローリング・ストーン」という全12曲入りで。アコースティック/エレクトリック混在のコンピレーションだった。なのに、ジャケットにはなぜか1曲も選ばれなかったアルバム『時代は変る(The Times They Are a-Changin’)』の写真(笑)。

その後もしばらくはこうした乱暴な日本独自編集盤のリリースが続いて。本国アメリカでの発売から半年遅れで1968年6月にリリースされた『ジョン・ウェズリー・ハーディング』が初めてオリジナル・フォーマットで出たボブ・ディランの日本盤LPだった。ぼくは初めて買ったディランのオリジナル・アルバムがその次の『ナッシュヴィル・スカイライン』という後追い世代なので、それほど混乱なく彼の活動を追いかけることができたのだけれど。ちょっと先輩世代にあたる日本の一般リスナーの方々は、まだ輸入盤も高嶺の花だった時代、ボブ・ディランという若き個性の大切な成長の時期を、かなり歪んだ形で受容するしかなかったのだなぁ、と。しみじみ思う。

で、その1968年、CBSソニー・レコードが新たに設立されて米コロムビアの音源の配給を手がけるようになって。ここに至ってようやくディランの過去の諸作がオリジナル通りのフォーマットで国内流通するようになったのでありました。本作『フリーホイーリン…』の日本盤がちゃんとした形でリリースされたのもそれから。確か1970年かな?

今回のアナログ復刻には、そのCBSソニーからの初リリース時、中村とうようさんが書かれたライナーノーツも添えられている。加えて、アルバム・ジャケットの裏に記載されたナット・ヘントフによるオリジナル・ライナーの日本語訳と、2013年再発時のクリントン・ヘイリンによるライナーの日本語訳および菅野ヘッケルさんによる補足情報も。さらに歌詞とその対訳。今回は岩波書店から2冊分冊で出たあの詩集の訳者、佐藤良明さんヴァージョンだ。

5月には『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム』、6月には『ブロンド・オン・ブロンド』がLP化復刻される予定です。

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