Disc Review

Free Time / Jerry Paper (Stones Throw)

フリー・タイム/ジェリー・ペイパー

LAベッドルーム・ポップの担い手、ジェリー・ペイパーことルーカス・ネイサンの新作です。くせ者インディ・レーベル、ストーンズ・スロウに移籍後、これで3作目。通算だと何作目だろう。ミニ・アルバムとかジョイント・アルバムとかちょいちょい挟まっているからよくわからないけど。ジェリー・ペイパー単独名義では8作目とか9作目とか?

でも、今回はルーカスが2020年、自らノンバイナリーであることをカミングアウトしてから初の1枚ということで。気のせいかもしれないけれど、この新作、自分の部屋で内向きに思いを閉じこめていたようなこれまでの感触から、少し外に向かって多様な可能性を模索し始めたような、なんかそんな気がする仕上がりだ。そういう、部屋から外の世界へと踏み出すビデオクリップも今回作られたし。

そう思って接してみると、“フリー・タイム”というアルバム・タイトル、二重三重にいろいろな意味合いが織り込まれているような気も…。オープニングを飾る「ノー・ミー」って曲など、この人にしたら過去いちキャッチーなギター・ドライヴン・ロックンロール。なんでも、ルーカスが初めてドレスに身を包んでお出かけした日のことを歌ったものらしく。他人の目にどう映るかではなく、自分の目で自分をちゃんと見つめること、知ることの大切さをメッセージしていて。なんか凜々しい。

続く「ジャスト・セイ・プレイ」は軽やかなグルーヴに乗ってフルートがメロウに舞う1970年代ニュー・ソウル調。そこに、“自分の人生なんだから、ベイビー、どんなものだろうと行きたい道を選べ”的なメッセージが託される。“why, why, why…”と掛け合うバック・コーラスが心地よくも、なんだか意味深で。ソングライターとしてのキャッチーさとシニカルさにさらに磨きがかかったみたい。

と、そんなふうに、ちょっと意外な曲調もあれば、“ポスト・マック・デマルコ”とも言われるこれまで通りの、ちょっとアヴァンな宅録メロウ・ポップR&Bものもあり。音は初期に比べると格段にプロっぽくなったとはいえ、まだいい意味でのアマチュアっぽさも随所に漂っているし。良好なバランスで従来の持ち味と新たな方向性とが混在する仕上がりになっている。

ラスト、アコースティック・ギターのカッティングに乗せて、自分がカミングアウトするまで、どれだけの時間を無駄にしてきたか、秘めた思いを理解してもらえずどれほど納得いかないことを要求されてきたかなどを淡々と綴る「フラワー、ア・スクエア」とか、泣けます。でも、聞き手としての勝手な思いで言わせてもらっちゃえば。その無駄だったように思える多くの時間の中に渦巻いた逡巡が、今のジェリー・ペイパーを作り上げたこともまた事実で。まあ、あまり軽々しくわかったようなことは口にできないけれど。すべての体験が、このユニークに捻れた、シニカルで、ビターで、でもスウィートで、メロウなポップ・センスを育んだのだとボジティヴに吹っ切って、本作を新たなスタート地点にさらなる一歩を、ね。

フィジカルは今のところヴァイナルのみっぽい。アナログLPか、デジタル・ダウンロードか。ヴァイナル、入手しづらそうだな…。

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