アイ・シャル・ウェア・ア・クラウン/パスターT.L.バレット&ザ・ユース・フォー・クライスト・クワイア
パスターT.L.バレット。ジェシー・ジャクソン師とともに公民権運動に関わった活動家であり、シカゴのサウスサイドで名を馳せた牧師さんであり、素晴らしいゴスペル・ミュージシャンであり…。
1960年代半ばからシカゴのサウスサイドで牧師として活動を始めて。1970年代に入ってからは、たとえばアース・ウィンド&ファイアのモーリス・ホワイトやフィリップ・ベイリー、ダニー・ハザウェイ、サン・ラ・アーケストラのフィル・コーランら地元のミュージシャンたちも彼の説教を聞きに教会へと通うようになって。自らも1971年、パスターT.L.バレット&ザ・ユース・フォー・クライスト・クワイア名義でアルバム『ライク・ア・シップ(ウィズアウト・ア・セイル)』を自主制作したり…。
とか、知ったふうなことを書いてますが(笑)。ぼくもつい最近までこの人の存在を全然知らなくて。2016年、カニエ・ウェストがリリースしたアルバム『ザ・ライフ・オヴ・パブロ』の中に、T.L.バレットの1976年作品「ファーザー・ストレッチ・マイ・ハンズ」のサンプリングが大フィーチャーされていて。へー、そういう人がいたんだ、と初めて知った次第。ほんの5年前のことだ。
で、調べてみたら、マニアックな再発/発掘系レーベル、ライト・イン・ジ・アティックが、前述した彼らの1971年の自主制作盤を2010年にCD化再発していて。ほんと、世の中にはしぶといディガーがいるもんだなぁ、と遅ればせながら思い知ったものです。
レア・グルーヴものとしてもかねてから大いに注目を集めていたというこのアルバム。T.L.バレットが率いているのは12歳から19歳までのメンバーで構成された40人編成のクワイアだ。演奏しているのはフィル・アップチャーチ、ジーン・バージ、チャールズ・ピットマン、リチャード・エヴァンスらロータリー・コネクション系の人脈。タイトル・チューンは、ファンキーなリズム・セクションをバックに従えて、若々しいゴスペル・クワイアでキャッチーなコール&レスポンスを展開する1曲で。もちろんぼくは、この曲のことはまるで知らなかったけれど、1971年というと、ちょうどエドウィン・ホーキンス・シンガーズの「オー・ハッピー・デイ」が大ヒットした直後って感じ?
エドウィン・ホーキンス・シンガーズは1970年にメラニーの「レイ・ダウン」ってシングルにも大きくフィーチャーされてスリリングな大編成ゴスペル・クワイアを聞かせていたし、彼ら自身の「オー・ハッピー・デイ」も日本でけっこうラジオでよくかかっていたし。マーヴィン・ゲイの「ホーリー・ホリー」とかもそのスジではけっこう評価が高かったし。T.L.バレットもちゃんと紹介されていたら、当時の日本でもそこそこ話題になったのかもしれないと思う。
けど、自主制作じゃ、ね。仕方ない。そういう意味ではライト・イン・ジ・アティック、よくぞ発掘してくれました、という感じ。その後、やはり超しぶとい再発レーベル、ヌメロ・グループが彼らのアルバム群の発掘リリース戦線に名乗りを上げて…。と、こうした盛り上がりのピークとも言うべき強力な5枚組ボックスセットが出ました。それが本作『アイ・シャル・ウェア・ア・クラウン』だ。
ディスク1が1971年に自主制作で地元シカゴでひっそり流通した『ライク・ア・シップ』、ディスク2が1973年に制作された『ドゥ・ノット・パス・ミー・バイ/Vol. II』、ディスク3が1976年の『ドゥ・ノット・パス・ミー・バイ』(ちなみに、1973年の同名アルバムのほうのタイトルに“Vol. II”と付いているのは、それが彼らのセカンド・アルバムだから。『ドゥ・ノット・パス・ミー・バイ』のVol. IIということではないみたいです)、ディスク4が1973年の『アイ・ファウンド・ジ・アンサー』、そしてディスク5がシングル・チューンやお説教も含むライヴ音源などを収めたボーナス・アルバム。これ、けっこう強烈です。特にライヴ。音質は悪いけど、ぐいぐい来ます。
5枚組LP、5枚組CDはこの構成で。ぼくがゲットした限定LPボックスは、盤が黒とゴールドのマーブル・ヴァイナル。普通のブラック・ヴァイナルももちろんあり。それぞれのディスクがちゃんと1枚ずつオリジナル・デザインのジャケットに収められている。CDのほうはどうかな。同じ仕様かな。ブツがないので、ちょっとわからないです。すんません。
ストリーミングやデジタル・ダウンロードもあります。ただ、気をつけてほしいのは、そちらはディスク4が省かれた4枚組構成になっている点。もちろん、4枚組でも十分堪能できるけれど、省かれた『アイ・ファウンド・ジ・アンサー』ってアルバムは今回が初再発。なので、やっぱりフィジカルでゲットしたいところです。まだ全然ちゃんと読めてはいないけれど、詳細ディスコグラフィとか貴重な写真とか満載の豪華ブックレット付き。T.L.バレットさんはなんかいろいろ不正取引スキャンダルとかに巻き込まれたりもしたようで、その辺の顛末もきっちり真摯に記されている…のかな。まだ読んでないので詳しくはわかりません(笑)。
レイ・チャールズ、アレサ・フランクリン、ダニー・ハザウェイ、マーヴィン・ゲイ、スティーヴィー・ワンダーらを想起させるポップ・ソウル系のノウハウも随所に盛り込みつつ、愛と救いと希望を、ポジティヴに、高らかに、ポップに表明するパスターT.L.バレット&ザ・ユース・フォー・クライスト・クワイアの歌声と聖なるグルーヴ。どうにもこうにも重苦しい昨今の社会に一筋の光をもたらしてくれるような、そんな気がするわけですよ。ほんと。