スプリングタイム・イン・ニューヨーク(ブートレッグ・シリーズ第16集)〜デラックス・エディション/ボブ・ディラン
国内盤のライナーを書かせていただく光栄にあずかったこともあって、一足お先に楽しませてもらっていた強力なボックスセット。ついに待望の発売日を迎えました。ボブ・ディランのブートレッグ・シリーズ最新作『スプリングタイム・イン・ニューヨーク(ブートレッグ・シリーズ第16集)』。
今回も限定5枚組デラックス・エディションと2枚組スタンダード・エディションとがあるけれど、やっぱ奮発して5枚組、やらかしちゃってほしいものです。扱われている年代は1980~85年。アルバムで言うと、『ショット・オブ・ラヴ』、『インフィデル』、『エンパイア・バーレスク』のあたりだ。ディランがキリスト教に改宗し聖歌の世界に身を深く沈めていた時期から、現世へと立ち返り改めて新たな試行錯誤を重ねていくようになった過渡期に残した57曲(うち54曲が未発表)が収められている。
いつもながらこのブートレッグ・シリーズの蔵出し音源群に接すると、これまでもう何度聞いてきたかわからないオリジナル・アルバムたちがまた違う輝きをもってよみがえってくるから不思議。ボブ・ディランの深さを思い知る。
まず、ディスク1。1980年暮れに行なわれた“ア・ミュージカル・レトロスペクティヴ・ツアー”に向けたリハーサル音源が多数収められている。この時期からディランは、信仰をともにする者だけでなく、宗教に関心のない従来の聞き手にも目配りした曲作りを改めて心がけるようになった。コンサートでも過去のレパートリーをセットリストに加え始めた。ということで、ジム・ケルトナー、ティム・ドラモンド、フレッド・タケットらを従えて行なわれたこのツアー・リハーサルでは、アルバム『ストリート・リーガル』の収録曲だった「セニョール」とか、初期の弾き語り曲「ラモーナに」のバンド・ヴァージョンとかに挑んでいる。
その他、エルヴィス・プレスリー絡みの「ミステリー・トレイン」や「フィーヴァー」、ニール・ダイアモンドの「スウィート・キャロライン」、ディオンの「エイブラハム、マーティン&ジョン」、そしてなんとビル・ラバウンティの「涙は今夜だけ(This Night Won't Last Forever)」など、取り上げているカヴァー・ヴァージョンもアナーキーなまでに全方位っぽくて、実に興味深い。
そういえば、話は一気に横道に逸れちゃうけど。このツアーではかつて『追憶のハイウェイ61(Highway 61 Revisited)』のレコーディングや伝説のニューポート・フォーク・フェスなどで絶妙なコンビネーションを聞かせたギタリスト、マイケル・ブルームフィールドをステージに呼び上げ、この時点ではまだレコード化されていなかった新曲「ザ・グルームズ・スティル・ウェイティング・アット・ジ・オルター」と「ライク・ア・ローリング・ストーン」を演奏したこともあった。
当時、ブルームフィールドは体調も悪く、ドラッグに起因する奇行も多かったようで。でも、ディランとの久々の共演だけに、このときばかりはさすがに集中力に満ちたプレイを展開。その夜の模様は今回のボックスには入っていないものの、「ザ・グルームズ・スティル…」のほうは2014年に編まれたブルームフィールドのアンソロジー『スウィート・ブルースの男~ベスト&レア・トラックス(From His Head to His Heart to His Hands)』に収められて公式に世に出ていて。
これがむちゃくちゃかっこいいのだ。のちにシングル「ハート・オブ・マイン」のB面に収められて世に出たスタジオ録音ヴァージョンよりも遅いテンポで、より切実な響きをたたえていて。鋭い切り込みとともに突っかかり気味に音符をたたみ込んでくるブルームフィールドのギター・ソロもごきげん。コンサート後、感動したディランはブルームフィールドにツアー・バンドへの参加を要請したほどだった。
が、ブルームフィールドの健康状態がそれを許さなかった。そして、コンサートから数カ月後の1981年2月15日、ブルームフィールドは他界した。遺体は車の中で発見された。ドラッグの過剰摂取が原因だった。享年37。あまりにも若すぎる死だった。ブルームフィールドの他界直前、1980年12月8日には旧友ジョン・レノンもニューヨークの自宅前で熱狂的ファンが放った凶弾に倒れた。こうした友人たちの象徴的な死がディランに深い影響を与えた。彼は相変わらず神に対して曲作りを続けていたようだけれど、世俗的な事柄にもけっして否定的な眼差しを向けるばかりではなくなった。急がず、慎重に曲作りを続け、そしてディランは新作アルバム『ショット・オブ・ラヴ』の制作にとりかかっていった。
そんな時期の未発表音源を収めたのが、今回のブートレッグ・シリーズ第16集のディスク2だ。テンプテーションズの「雨に願いを(I Wish It Would Rain)」、エヴァリー・ブラザーズのというか、ベティ・エヴェレット&ジェリー・バトラーのというか、ディランとクライディ・キングとのデュエットで綴られる「レット・イット・ビー・ミー」、ハンク・ウィリアムスの「コールド・コールド・ハート」など、やはりカヴァーが面白い。
2011年に、人気テレビ・ドラマ『ハワイ・ファイヴ・オー』のサウンドトラック・アルバムに収められて突如世に出た「ドント・エバー・テイク・ユアセルフ・アウェイ」の未エディテッド・ヴァージョンとか、B.B.キングがやはりテレビのミニ・シリーズ『シェイク、ラトル&ロール』のサウンドトラック・アルバムに突然収録したディラン作品「ファー・スリッパーズ」の作者ヴァージョンなども聞ける。
ディスク3と4は、キリスト教に深くのめり込んだ作風からの回帰を印象づけたアルバム『インフィデル』のセッションからの音源集。マーク・ノップラーのプロデュースの下、スライ&ロビー、ミック・テイラーらを従えた「ブラインド・ウィリー・マクテル」のバンド・ヴァージョンがいちばんの聞きものか。サード・マン・レコードから7インチ・アナログ・シングル(Amazon / Tower)で先行リリースもされていた。A面に収められた“テイク1”というのはそのアナログ・シングルのみで聞けるものだったけど、B面に収められていた“テイク5”ってやつが今回CDのほうにも収められている。
あと、倍賞美津子を相手役に日本でビデオクリップ撮影が行なわれたことでもおなじみ「タイト・コネクション(Tight Connection To My Heart)」の初期版「私をとりこにした人(Someone's Got a Hold of My Heart)」とか、「フット・オブ・プライド」へと発展する「トゥー・レイト」とか。さらにはやはりカヴァーもので、ジミー・リード「ベイビー・ホワット・ユー・ウォント・ミー・トゥ・ドゥ」、ウィリー・ネルソン「エンジェル・フライング・トゥー・クロース・トゥ・ザ・グラウンド」、ポーター・ワゴナー「思い出のグリーングラス(Green, Green Grass of Home)」、フランク・シナトラのレア曲「ジス・ワズ・マイ・ラヴ」などに胸が躍る。
で、ディスク5が『エンパイア・バーレスク』セッションから。のちに『アンダー・ザ・レッド・スカイ』に収録されることになる傑作曲「ブラウンズヴィル・ガール」の初期版「ニュー・ダンヴィル・ガール」とか、そうとうやばい。しびれる。公式リリースド・ヴァージョンよりも、あるいはオージェイズによるカヴァー・ヴァージョンよりも、断然切なく迫ってくる「エモーショナリー・ユアーズ」の別ヴァージョンとかも泣ける。
さらに、『リアル・ライヴ』収録時のツアーからのアウトテイクもあり。デヴィッド・レターマンのレイト・ショーにLAパンク・バンド、クルサドズを結成したばかりのチャーリー・クインタナらを率いて出演した際のパンキッシュな音源も。このバンドによる演奏は公式レコーディングされずじまいだったので、ちょっとうれしい。
詳細な英文ライナーノーツや貴重な写真満載のブックレット付き。国内盤にはその翻訳と歌詞対訳と日本オリジナルのライナーも。ぼくもそこで全曲目解説、書かせていただいています。2枚組スタンダード・エディションのほうは収録曲もライナーも簡略化されたハイライト盤的内容で、こちらは本日、9月17日に国内盤(Amazon / Tower)も同時発売。5枚組の国内盤(Amazon / Tower)のほうは来週、9月22日発売だそうです。