Disc Review

Everybody Still Digs Bill Evans: A Career Retrospective (1956-1980) / Bill Evans (Craft Recordings/Concord)

エヴリバディ・スティル・ディグズ・ビル・エヴァンス:ア・キャリア・レトロスペクティヴ(1956〜1980)/ビル・エヴァンス

音楽的な優劣とか、質の上下とか、そういう偉そうな話ではなく。とてつもなく極私的な好き嫌いだけで軽く言うと。ぼくがいちばん好きなジャズ・ピアニストはホレス・シルヴァーで。次がボビー・ティモンズ。と、まあ、そういう、ファンキーでキャッチーでゴスペルライクで…みたいなタイプが好みなのだけれど。

そんなぼくでも時折、というか、けっこう頻繁にビル・エヴァンスのプレイが無性に聞きたくなる。ぼくが高校生のころ、1973年にエヴァンスは、ベースのエディ・ゴメス、ドラムのマーティ・モレルと組んだ鉄壁の、いわゆる“セカンド・トリオ”ってやつで来日して。まあ、ぼくはお金もなかったのでコンサートには行けなかったのだけれど。確かFM東京がそのときの来日コンサートの模様を収録して放送してくれたおかげで、彼らの演奏に接することができた。放送をエアチェックして繰り返し繰り返し。モレルがいい感じに大暴れするスウィンギーな「マイ・ロマンス」とか、アンコールの「グリーン・ドルフィン・ストリート」とか、これでもかという勢いで聞きまくったなー。

そう。CBSソニーからも一部演奏曲をカットした上でLP化された、あの歴史的な公演。個人的にはまだあまり本格的にジャズ・ピアノというものを聞き込む前の時期の体験だっただけに、こういうのがピアノ・トリオなのか、と。学びながら聞き込んだ。楽しんだ。饒舌なゴメスとドラマチックなモレルが繰り出すグルーヴを受けて、エヴァンスが精緻に、濃密に、繊細なフレーズを紡いでいくさまは本当に素晴らしかった。

ただ、前述した通り、その後いろいろとジャズを聞き進めていく中、ぼくのジャズ・ピアノの好みがホレス・シルヴァー方面へとまっしぐらに向かっていったこともあり、少しずつエヴァンスの演奏からは離れがちになってしまったのだけれど。

そうは言っても、たとえば大好きなキャノンボール・アダレイと組んだ1958年録音の『ポートレイト・オヴ・キャノンボール』とか1961年の『ノウ・ホワット・アイ・ミーン』とか、あるいはその間に挟まれた1959年のマイルス・デイヴィス『カインド・オヴ・ブルー』とか、そういうジャズの名盤群でエヴァンスの演奏に改めて接するたび、あ、やっぱこの人のピアノはどこか特別だな、と感じたものだ。

『カインド・オヴ・ブルー』収録の「ソー・ホワット」の冒頭、ポール・チェンバースと奏でる神秘的なプレリュード部分とか、ピアノ・ソロのパートで、遠慮がちに、しかし真っ向からモーダルなソロを披露した後、独特の“間”をたたえながら聞かせたテンションばりばりのヴォシングとか。大好き。最高だ。「オール・ブルース」でのエヴァンスもいい。ピアノ・ソロのパートで奏でられる彼独特のコード解釈というか、ヴォイシングは、これぞモードという感じで。たまらない。

初めて見たものを親と思う…的な、要するにそういうことなのかもしれないけれど。ビル・エヴァンス。やはり、どうにも抗いようがない存在です。

と、そんな、ぼく個人にとっての恩人でもあり、もちろんジャズ・シーン全体にとって言うまでもなく偉人のひとりであるビル・エヴァンスの歩みをざっくりまとめた5枚組最新アンソロジーが本作『エヴリバディ・スティル・ディグズ・ビル・エヴァンス:ア・キャリア・レトロスペクティヴ(1956〜1980)』だ。タイトル通り、1956年に初リーダー・アルバム『ニュー・ジャズ・コンセプションズ』をリリースしてから、1980年に51歳という若さで亡くなるまで、彼がリーダーとして遺した50作以上のアルバムからセレクトした音源と、CD再発などを機にボーナス追加されたような発掘音源と、なんと未発表ライヴ音源とで綴られている。

エヴァンスはリヴァーサイド、マイルストーン、ファンタジー、ヴァーヴ、ワーナー、エレクトラ、ユナイテッド・アーティスツ、アトランティック、MGM、フィリップス、MPS、CTI、コロムビアなど多くのレーベルからアルバムをリリースしてきていて。今回の5枚組は、それらすべてから…というわけではないものの、最初のほうに列挙した主要レーベルの音源が垣根を越えて網羅されているのがうれしい。

ディスク1は、フィリー・ジョー・ジョーンズ、テディ・コティック、ポール・チェンバース、サム・ジョーンズらと共演した初期音源から、1961年に自動車事故で亡くなった盟友スコット・ラファロとポール・モチアンと組んだレギュラー・トリオ期の音源、そしてラファロ以降のモチアン、チャック・イスラエル、ラリー・バンカーとのトリオ音源まで、リヴァーサイド・レコード在籍期の記録だ。前半にスタジオ録音、後半にライヴという形でまとめられている。

ディスク2には60年代に入って、ヴァーヴへ移籍以降の音源。シェリー・マン、エディ・ゴメス、マーティ・モレル、エリオット・ジグムンド、ゲイリー・ピーコック、ジャック・ディジョネット、ジョー・ラバーベラ、マーク・ジョンソンといったサイドマンとコラボしたトリオ演奏を収録している。ライヴ多め。

ディスク3はソロ・レコーディング集。自身によってオーヴァーダブがほどこされた音源も含まれている。「ピース・ピース」とか、「N.Y.C.ズ・ノー・ラーク」とか、「レター・トゥ・イーヴァン」とか、必殺の「ダニー・ボーイ」とか、マイルスが『カインド・オヴ・ブルー』の前哨戦という感じで、キャノンボール&エヴァンスの『ポートレイト・オヴ・キャノンボール』のために提供したモーダルな「ナーディス」のソロ再演版とか…。

ディスク4はトリオ、ソロ以外の音源。ジム・ホールとのデュオ・アルバムからの曲とか、トニー・ベネットとの素晴らしい共演とか、キャノンボール・アダレイとのごきげんな「フー・ケアズ」とか、マリアン・マクパートランドのラジオ番組に出たときの音源とか…。他にもスタン・ゲッツ、フレディ・ハバード、トゥーツ・シールマンス、ズート・シムズ、リー・コニッツらとのプレイを堪能できる。

で、ディスク5が先日、『オン・ア・フライデイ・イヴニング』なるタイトルの下、単体でもリリースされた未発表ライヴ。ベースがエディ・ゴメス、ドラムがエリオット・ジグムンドという顔ぶれで1975年6月、バンクーバーのクラブに出演したときの記録だ。当時カナダで放送された音源で、ずっとその存在を忘れられていたのだとか。エヴァンス=ゴメス=モレルというセカンド・トリオから、家族との時間を大切にするためセッション・ドラマーへと転向したモレルが抜け、後任としてジグムンドが加入した直後の演奏。忘れちゃダメじゃんね。

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