Disc Review

Live in…New York City / Tex Crick (Mac's Record Label)

ライヴ・イン…ニューヨーク・シティ/テックス・クリック

インディー系、オルタナ系のファンならばご存じの名前かな。テックス・クリック。オーストラリア出身のキーボード・プレイヤーだ。コナン・モカシンやキリン・J・カリナンらニュージーランド〜オーストラリア系アーティストをはじめ、ワイズ・ブラッドイギー・ポップなどのサポート・メンバーとして活動してきた。

と同時に、そのかたわら、近年はニューヨークに居を構え、ツアーの合間合間にピアノの調律師やリペア・テクニシャンとしても働いているらしい。そうした腕前を存分に発揮して、クイーンズの路上で見つけたピアノを自宅に運び込み、自分で修理/調整。以来、愛器として使っているのだそうだ。

そのピアノを奏でながら、自らシンガー・ソングライターとしても腕を磨き続けていて。2018年冬の4週間、ニューヨークの自宅アパートメントにこもり、特に具体的なリリース予定なども立てないまま、8トラック・レコーダーを駆使して初めてフル・レングスのソロ・アルバムをレコーディング。ほとんどの楽器を自らひとりで演奏しながら、自宅ならではの、リラックスした、プライベートな感触に貫かれた作品を作り上げた。

そのアルバムを耳にしたのが、細野晴臣を敬愛していることでも知られるカナダのシンガー・ソングライター、マック・デマルコ。なんでもデマルコとクリックはここ7〜8年の付き合いで。デマルコはこの宅録初期ヴァージョンを大いに気に入り、ロサンゼルスの自分のスタジオでミックスさせてほしいと提案。そこで若干のオーヴァーダビングなども施しつつ、めでたく完成したのが本作『ライヴ・イン…ニューヨーク・シティ』だ。デマルコが新設したレコード・レーベル、ずばり“マックズ・レコード・レーベル”からのリリース第一弾アルバムとして世に出た。

なんだか、アルバム・タイトルだけ見るとライヴ盤なのかなと早合点しそうだけれど、そうではなく。ニューヨークでの生活を反映したパーソナルな手触りの1枚、という、どうやらそういう思いが反映されているのだろう。なので、“ライヴ・イン…”と読むべきなのか“リヴ・イン…”と読むべきなのか、微妙。まあ、たぶんわざと勘違いさせようという意図も込められているのだろうから、とりあえずはそのあたりの洒落心を尊重して“ライヴ・イン…”とカタカナ表記しておきますね。

秋のセントラル・パークで撮影されたアルバム・ジャケットもいい雰囲気。なんでもこれ、実はクリックさんのいたずら心から生まれた写真らしい。彼はとある女性を装って、“夫が浮気しているようなので尾行して写真を撮ってほしい”という依頼メールを私立探偵に送信。で、その架空の夫にテックス・クリック自身がなりすまし、ある一日、ずっと私立探偵に尾行〜撮影され続けてみたのだとか。もちろん私立探偵は真相を知らないまま尾行の結果を記した報告書を提出。そこに添えられていた写真の1枚が本作のジャケット写真だ。探偵さんも驚いていることだろう。なんとも屈折したユーモア感覚だなぁ(笑)。

こうしたちょっとブラックなギャグ・センスも含め、ランディ・ニューマンやハリー・ニルソン、トッド・ラングレンら諧謔精神を併せ持つシンガー・ソングライターに通じる懐かしの味わい。その辺のテイストを継承しつつ、もっと、なんというか、こう、ひとりごとのように、ぽつりぽつりと発せられたつぶやきをシンプルに紡いでいったような1枚で。ものすごくいいです。

基本、自宅録音だけに街の雑踏音とかもなんとなく入っていたりして。面白い。窓を開けて録音したのかな。ニューヨークのジャズ・バーに足を運んだ際、ポータブル・レコーダーでこっそり録音したノイズなども使用されているようだ。それらのノイズが、キュートで、ポップで、メロウで、でもちょっとひねくれた彼のメロディセンスと溶け合って…。こういう“街の音楽”の在り方もいいもんだな、こういう“ライヴ”の形もありなんだな、と思う。ぐっとくる。晴れた日のウォーキングBGMに、まじ、最適です。

ちなみにクリックさん、プライベートで日本を訪問していた時、新型コロナウイルス禍が巻き起こりアメリカに戻れなくなってしまったのだとか。結局そのまま東京に居残り。アルバムからのファースト・シングル「サムタイムズ・アイ・フォーゲット」のミュージック・ビデオは、なんと三浦海岸で撮影されたらしい。

今のところデジタル・ストリーミングと、ハイレゾ音源のダウンロード販売と、アナログ・ヴァイナルLPでのリリース。フィジカルCDはなし。こういうリリース形態、今後増えそう。ぼくはハイレゾでゲットしました。

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