Disc Review

This Dream Of You / Diana Krall (Verve)

ディス・ドリーム・オブ・ユー/ダイアナ・クラール

“あなたは誰に叱られたいですか?”というランキングがもしあったら(ねーよ)、ぼくにとってはこの人が断然ナンバーワン! ダイアナ・クラールになんでもいいから叱られたい。そんな話を以前ラジオでしたら、その日、一緒に出演していた妻のノージから、「たとえば? 食べ過ぎよ! とか、大盛り禁止! とか?」と、あきれ声でツッコまれました(笑)。

でも、ポール・マッカートニーの『キッシズ・オン・ザ・ボトム』で共演したときの映像とか見ていても、あのポールがけっこうダイアナ姐さんの言うこと聞いてるというか、怒られないようにかわいくしてるというか、でも、1曲だけエンディングでちょこっとダイアナさんがピアノをしくっちゃったところで、「あっ、あっ、あっ、姐さん、もしかしてやっちゃった?」みたいにポールがいたずらっぽい表情をたたえてニヤッとしたりして…。そういう感じがとてもよいです。素敵です。ダイアナさん。

そんなふうに大好きなピアニストでありヴォーカリスト。当然、来日してくれるたびに足を運んでいる。去年のオーチャード・ホール公演も素晴らしかった。けど、その前。2016年だったかな。ヴァイオリンのスチュアート・ダンカン入りの変則6重奏団編成で来日して、人見記念講堂でコンサートを見せてくれたときのこと。あれがむちゃくちゃよかった。確か11年ぶりの日本公演。ぼくはもう、開演前から大いに盛り上がっていたものです。

場内に流れていた客入れBGMも泣けた。全部ナット・キング・コールだった。あれもまたこの人の持ち味を明解に表わしていて。開幕に向けて否応なく心が躍った。さすがエルヴィス・コステロの奥さまというだけあって、時にはTボーン・バーネットにプロデュースをまかせ、マーク・リボー、コリン・リンデンらひと癖ある連中とともに1920〜30年代の楽曲にちょっと別角度からアプローチしたアルバムを作ってみたり、同郷カナダのデヴィッド・フォスターにプロデュースをまかせて60〜70年代ポップスの名曲集を出してみたり。いろいろやってきたけれど。

この人、やっぱりキング・コールなんだよなぁ。女性版、現代版のナット・キング・コール。2016年のコンサート、オープニングを飾った「ディード・アイ・ドゥ」も本編ラスト「ジャスト・ユー、ジャスト・ミー」もキング・コールの定番曲。去年も「ディード・アイ・ドゥ」やってたし。トリビュート・アルバムを出したこともあったし…。ポピュラー、ジャズ、ラテンなどジャンルを軽々と飛び越えながらかつて音楽ファンを熱狂させたキング・コールの在り方を、ダイアナさんは21世紀ならではの切り口で改めてよみがえらせようとしている、みたいな。

そういう意味では、1995年のセカンド・アルバム『オンリー・トラスト・ユア・ハート』以来ずっと、そういう彼女本来の持ち味を活かしたプロデュースを手がけてきたトミー・リピューマとの相性がいちばんよかったと個人的には思う。ポールとのアルバムもリピューマさんが仕切ってくれていたからこその仕上がりだった気がするし。

2009年の『クワイエット・ナイツ』までリピューマが手がけて。で、先述した通り、そのあと2012年の『グラッド・ラグ・ドール』がTボーン・バーネット、次の2015年の『ウォールフラワー』がデヴィッド・フォスター。でも、2017年、改めてまっすぐグレイト・アメリカン・ソングブック的な楽曲群に向き合った『ターン・アップ・ザ・クワイエット』で再びトミー・リピューマが戻ってきて。これがやっぱりよかった。

スウィンギーなコンボをバックに、曲によっては壮麗なオーケストラを伴いながら、ごきげんなピアノを軽々と弾きこなしつつ往年の名曲を歌い綴るダイアナさん。彼女はやっぱりこれだな、と。再確認させてくれたものだ。ただ、ご存じの通り、トミー・リピューマはその年、『ターン・アップ・ザ・クワイエット』のリリース直前に亡くなってしまって。これが最後のクラール=リピューマ作品になってしまうんだな、と心から残念に思っていたら…。

出ました。2016年から2017年にかけて時間を見つけてはトミー・リピューマとともにレコーディングしてきたという未発表音源集。『ターン・アップ・ザ・クワイエット』のセッションからのアウトテイク群が多いようだけれど、それらをダイアナさんが引き継ぎ自らのプロデュースで完成へと導いた1枚だ。間にトニー・ベネットとのデュエット・アルバム『ラヴ・イズ・ヒア・トゥ・ステイ』が挟まっていたものの、ダイアナさん自身の作品としては3年ぶりということになる。うれしい。

ともに来日も果たしているおなじみのレギュラー・バンドのメンバー、カリーム・リギンス(ドラム)とアンソニー・ウィルソン(ギター)をはじめ、曲によってスチュアート・ダンカン(ヴァイオリン)やマーク・リボー(ギター)、クリスチャン・マクブライド(ベース)、アラン・ブロードベント(ピアノ/ストリングス・アレンジ)、ディラン・バンドの要であるトニー・ガニエ(ベース)らが参加。

まあ、残り物といえば残り物なわけで。そのぶん、『ターン・アップ・ザ・クワイエット』とかに比べるとちょっと地味な印象。しかも、リピューマを悼む気持ちもこめられているためか、鎮静した感触に貫かれてはいる。正直、重めの仕上がり。それゆえ、海外のレビューとかだと、中にはちょっと退屈だとか辛辣な論調もあったりして。

とはいえ、大ファンのぼくとしてはですね、そのなんとも気だるいムードもまた、ダイアナさんの、ささやくような、ハスキーでクールな歌声に妙にしっくりくるというか。しみるというか。ポールもきっとそう言うと思います。

基本は前作の路線を引き継いだグレイト・アメリカン・ソングブック集。生前、リピューマが大いに気に入っていたという「バット・ビューティフル」を軸に全体が構成されている。ただ、アルバム・タイトル・チューンのみ新しくて、ボブ・ディランのアルバム『トゥゲザー・スルー・ライフ』収録曲のカヴァー。異色で、かつ、なかなかツボな選曲だ。ちなみに全12曲中、アーヴィング・バーリン作の「ハウ・ディープ・イズ・ジ・オーシャン」は『ターン・アップ・ザ・クワイエット』のボーナス・トラックとして既出の音源でした。

個人的にはダイアナさん(ピアノ)、ジョン・クレイトン・ジュニア(ベース)、ジェフ・ハミルトン(ドラム)、アンソニー・ウィルソン(ギター)という編成による「ザッツ・オール」とか、クリスチャン・マクブライド(ベース)とラッセル・マローン(ギター)、そしてアラン・ブロードベント編曲によるさりげないストリングス・アンサンブルだけでバックアップした「オータム・イン・ニューヨーク」とか、スチュアート・ダンカンのスウィンギーなヴァイオリンが大活躍する「ジャスト・ユー、ジャスト・ミー」とか、特にしびれました。

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