Disc Review

You're in My Heart: Rod Stewart with the Royal Philharmonic Orchestra / Rod Stewart (Rhino)

ロッド・スチュワート・ウィズ・ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団/ロッド・スチュワート

21世紀に入ってからのロッド・スチュワートの評価というのはなかなかに複雑で。特に話をややこしくしたのが、2002年、米音楽界の重鎮、クライヴ・デイヴィスの後押しを受けてロッド・スチュワートがスタートさせた“ザ・グレイト・アメリカン・ソングブック”シリーズだ。

ロック世代を代表するシンガーのひとりであるロッドが、ロックンロール誕生以前、1920〜60年代のアメリカで生み出された名曲の数々を、スウィンギーでジャジーでゴージャスなバッキング演奏を従え、持ち前の豊かな歌心全開で歌い綴る、と。そういうコンセプトのもと、2010年にかけて5枚のアルバムが制作されて。

えー、ロッドがスタンダード? と、この姿勢の変化を複雑な気分で受け止めたファンも少なくなかったと思う。ぼくもそのひとり。かつてのジェフ・ベック・グループやフェイセズでロッドが聞かせたスリリングでソウルフルなシャウトを体験している世代にとって、確かにいきなりこれは、ねぇ…。

まあ、仕方ない。ご存じの通り、ロッドは2000年、甲状腺癌が見つかり喉の手術を受けている。もちろん、不屈の精神力と驚異の回復力で見事病魔を克服しはしたのだが、以前のような激しいシャウトや高音を繰り出すことができなくなってしまった。そんな中、クライヴ・デイヴィスのアイデアが逆境を好機へと変えた。かつてのように激しくシャウトする必要のない“ザ・グレート・アメリカン・ソングブック”シリーズのコンセプトは、ロッドの体調の変化にともなう歌唱法の転換とも奇跡的に合致する運命のプロジェクトだったわけだ。

この目論見は大当たり。結局、このシリーズから出た2002年の『イット・ハッド・トゥ・ビー・ユー』、2003年の『アズ・タイム・ゴールズ・バイ』、2004年の『スターダスト』、2005年の『サンクス・フォー・ザ・メモリー』、2010年の『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』、5作合わせて全世界で合計2000万枚以上のセールスをあげたのだとか。確かにすごい。喉の不調というか、衰えというか、そういうネガティヴな要素をポジティヴに転じる方法論としては大正解だったってこと。ぼくのようなお古いファンの杞憂など軽く吹き飛ばして粉砕する大逆転劇だった。

そして今年。ソロ・デビュー50周年という区切りの年。ロッドは新たな逆転の方法論に挑んだ。ついに自らの過去のレパートリーすらも、グレイト・アメリカン・ソングブック系ポピュラー・スタンダード・ナンバーと同様の地点に位置する客観的対象としてとらえ、新たなアレンジのもとシーンに改めてプレゼンし直すという方法論。そういうニュー・アルバムを完成させた。

それが本作『ロッド・スチュワート・ウィズ・ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団』だ。といっても、往年のレパートリーを壮麗なオーケストラをバックに普通に歌い直したアルバムというわけではなく、収録曲の大半は以前のロッドの歌声。オリジナル・ヴァージョンの歌声と一部の楽器演奏を元のマルチ・トラック・テープから抜き出して、そこに名門ロイヤル・フィルハーモニック・オーケストラの演奏による新アレンジをかぶせるという趣向だ。そう。近年、ロイヤル・フィルがよくやっている例の企画盤の一環。録音はいつものようにこれまた名門アビイ・ロード・スタジオで。

この企画、エルヴィス・プレスリーとかバディ・ホリーとかロイ・オービソンとか、すでに他界した人が主役になっていることが多いので、なんだかビミョーではありますが。まあ、ビーチ・ボーイズの例もあるし。彼らと同じ存命系?(笑) 取り上げられているのは、1970年代から1990年代までの幅広いレパートリー。ヒット曲はもちろん、ちょい渋めの代表曲もまぶしてある感じ。それらを豪勢なオーケストラ・アレンジでリメイクしている。

「マギー・メイ」とか「リーズン・トゥ・ビリーヴ」とか「ハンドバッグと外出着(Handbags and Gladrags)」とか、オリジナル・スタジオ・ヴァージョンではなく1993年の『アンプラグド』から持ってきたライヴでのヴォーカル・トラックもあり。かと思えばフェイセズとの「ステイ・ウィズ・ミー」の1971年ヴァージョンの演奏まるごとそのものにオーケストレーションをかぶせたみたいなやつとかもあって。なかなか凄まじい。「マギー・メイ」とか聞いていると、まったく同じヴォーカル・トラックじゃない部分とかも聞き取れたりして、もしかしたら別テイクを利用している個所もある気がするけど…。

その他、1990年にティナ・ターナーと男女デュエットした「イット・テイクス・トゥー」をロビー・ウィリアムスと男男デュエットで再演したものと、完全新曲「ストップ・ラヴィング・ハー・トゥデイ」(「誰も寝てはならぬ」の旋律が盛り込まれている)の2曲は新たにヴォーカルも入れ直されている。

全体のプロデュースはトレヴァー・ホーン。 1CDもの、2CDもの、2種類があって。サブスク系のストリーミングで楽しめるのは2CDもののほう。全22曲、たっぷり楽しめる。案外、すっきりハマっている曲も多くて。そうか、ロッドの歌声って昔からこういうオーケストレーションにもそれなりに合うものだったのか…と、逆説的に彼のポピュラー・シンガーとしての潜在的な個性を再確認したりも。考えてみれば、70年代半ばにアトランティックに移籍してからというもの、この人は、もうロックじゃないとか、ディスコに魂を売ったとか(笑)、いろいろ勝手なことをファンから言われ続けてきたわけで。むしろ、ほとんど時代をそういう人として駆け抜けてきているのだから。何を今さら…ってことか。

とにかくあまり余計な期待を抱かず、過去にもこだわらず、鳴ってる音にぼんやり耳を傾けていけば、ほら、こう、なんというか、ロッドは昔から自作曲も含めてレパートリーの選定が絶妙だし、いいソングライターのいい曲に見事にスポットライトを当てることにかけては天下一品だから、これはこれでゴージャスなオーケストレーションにバックアップされた往年のイージー・リスニング系名曲集として悪くないかも。とにかく声がいいしね。

このロイヤル・フィルの一連の企画盤、文句を言い出せば毎度きりがないわけだけれど、なにかと慌ただしい年の瀬、すべてをポジティヴに受け止めて楽しみましょう。

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