Disc Review

First Rose Of Spring / Willie Nelson (Legacy Recordings/Sony)

ファースト・ローズ・オブ・スプリング/ウィリー・ネルソン

オリジナル・ヴァージョンを超えるカヴァーなど、めったにない。と、ぼくは思っている。経験則上、そう確信している。少なくともポップ・ミュージックの世界においては。

瞬間瞬間の空気に触発されて、瞬間瞬間の思いを吐き散らす。時代を超えることなんか二の次。今この時代を、この瞬間をどれだけパワフルに、太く表現できるかという使命を背負っているのがポップ・ミュージックなのだとしたら、アーティストやスタッフの熱気や勢いやヤマっ気や…その楽曲が最初に産み落とされた瞬間に渦巻く様々な思いが真空パックされたオリジナル・ヴァージョンを他人が後追いで超えることなんて、まさに離れ業なのだから。

とはいえ、もちろん例外はある。ああ、この曲はこのカヴァーこそを待っていたんだろうな、というカヴァー・ヴァージョン。決定版。めったにないけれど、たまにはある。で、そういう、めったにないものに出くわした瞬間というのは、それはそれで感動的だったりする。

昨日取り上げたエリック・クラプトンとB.B.キングの「ライディング・ウィズ・ザ・キング」(オリジナルはジョン・ハイアット)もそう。ちょっと前に取り上げたディオンヌ・ワーウィックの「涙の別れ道(I’ll Never Love This Way Again)」(オリジナルはリチャード・カー)もそう。

あと、ビートルズの「ツイスト・アンド・シャウト」(アイズリー・ブラザーズ)とか、キングスメンの「ルイ・ルイ」(リチャード・ベリー)とか、エルヴィス・プレスリーの「ポーク・サラダ・アニー」(トニー・ジョー・ホワイト)とか、ジェフ・バックリーの「ハレルヤ」(レナード・コーエン)」とか…。

ああ、この曲はこのパフォーマーに取り上げられる運命だったに違いない、みたいな。

今回、ウィリー・ネルソンの新作アルバムのラストに収められていた「帰り来ぬ青春(Yesterday When I Was Young)」を聞いて、またそんな、めったにない感動的な瞬間を体験した気がした。

ポップス・ファンならばご存じの通り、この曲はシャルル・アズナヴールが40歳のとき、1964年に自作自演した「Hier Encore」というシャンソンの英語詞ヴァージョン。過ぎ去った青春の日々を懐かしみ、悔やみ、惜しむ曲だ。全米チャートではロイ・クラークの1969年のヴァージョンが大ヒット。アズナヴール自身も、英語詞で歌ったりしていた。ぼくは中学生のころ、12チャンネルでやってた『トム・ジョーンズ・ショー』にゲスト出演したアズナヴールの英語ヴァージョンでこの曲を初めて知ったんだっけ。懐かしい。なもんで、個人的には英語版のほうが落ち着く。

もちろん、ロイ・クラークのヴァージョンもよかったし、ジャック・ジョーンズとかメル・トーメとかダスティ・スプリングフィールドとか、素敵なカヴァー・ヴァージョンにもたくさん出会った。アズナヴール自身が老境に入ってからの日本公演で聞かせてくれた仏語ヴァージョンも、フランス語がまったくわからないぼくの心を激しく揺さぶってくれた。

けど、今回のウィリー・ネルソン・ヴァージョン。これまた格別だ。現在87歳のウィリー翁が、“私が若かったころ、人生の味は舌先に触れる雨のように甘かった/私は人生を愚かなゲームのようにあしらってきた/夜のそよ風がろうそくの炎を揺らすように…”とか、“たくさんの夢を見て、素晴らしい計画を目論んだ/それらをもろく移ろいやすい砂の上に築いた…”とか、例の歌声で淡々と綴る。

“傲慢さとプライドで弄んだ愛のゲーム/私が性急に灯したすべての炎は、あまりにも速く消えていった…”とか、やばいし。そして、“今、私だけがステージに居残り、幕を閉じようとしている/舌先に苦い涙の味がする/過去の代価を払うときが来た/私が若かったころの…”と締めくくるのだ。

いやいや。すごいです。ある意味、反則すれすれだけど(笑)。

この新作、数え方がもうよくわからなくなってしまったけど、なんでも通算70作目になるのだとか。本来ならば4月、87歳の誕生日にリリースされるはずだったものの、新型コロナウイルス禍で延期され、ようやく発売になった。日本盤も今月下旬には出るみたい。

他の曲も素晴らしい。アルバムのオープニングを飾る表題曲からして、ウィリー節全開。盟友ミッキー・ラファエルの味わい深いハーモニカも入っているし、“トリガー”という愛称でもおなじみのウィリーの愛器、おんぼろなマーティンN-20ナイロン弦ギターの音色も存分に楽しめるし。プロデュースを手がけたバディ・キャノンとウィリー翁が共作した新曲「ブルー・スター」も黄昏時の愛みたいなものを歌っていて、ちょっと泣ける。キャノン&ネルソン作のもう1曲「ラヴ・ジャスト・ラフド」も渋いアウトロー・カントリー。こっちもいい。

マール・ハガードの「アイル・ブレイク・アウト・アゲイン・トゥナイト」や、ビリー・ジョー・シェイヴァーの「ウィー・アー・ザ・カウボーイズ」のさりげないカヴァーも、なんとも言えずウィリー流。トビー・キースの「ドント・レット・ジ・オールド・マン・イン」のカヴァーも、内容的に「帰り来ぬ青春」同様の感動がじわじわくる。クリス・ステイプルトンが書き下ろしたらしき「アワー・ソング」というバラードにもぐっときた。“与えられたこの時間の中/生きることで人生を満たすために/できるだけのことをしたいと願う…”という歌い出しからしびれました。

年齢を重ねるって、それだけですごいことだなぁ…。

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