ワーキングマンズ・デッド:ジ・エンジェルズ・シェア/グレイトフル・デッド
グレイトフル・デッドが1970年に発表したアルバム『ワーキングマンズ・デッド』の50周年記念デラックス・エディションが7月10日、ライノ・レコードからリリースされることになっていて。ぼくを含むお古い世代のロック・ファン、誰もが心待ちにしているわけですが。
そのリリースを目前に、とんでもないやつがデジタル/ストリーミングで出ました。それが本作『ワーキングマンズ・デッド:ジ・エンジルズ・シェア』。本拠地サンフランシスコのパシフィック・ハイ・レコーディングズ・スタジオで行なわれた『ワーキングマンズ・デッド』のレコーディング・セッションから、収録された全8曲それぞれのアウトテイクを大量に収めたブツで。
リハーサル・テイクとか、出だしでいきなり失敗しちゃうやつとか、途中でダメになっちゃうやつとか、完奏した別テイクとか、デモとか、スタジオでのトークバック越しの会話とかが満載。50周年記念デラックス・エディションの再発作業を続けている際に倉庫で発見されたラベルのついていないテープに記録されていたものだとか。
デッドというと、往年のライヴ音源をこれでもかと発掘リリースし続けていることでおなじみだけれど、今回はスタジオのレア音源集。こういうのは過去、例がなかった気がする。うれしい。
アルバム・タイトルとなっている“エンジェルズ・シェア”というのはお酒関係の専門用語だそうで。ワインやブランデー、ウィスキーなどを熟成させている間に、水分やアルコールが蒸発して分量が減ってしまうことを、“きっと天使が自分の分を持って行っちゃったんだね”みたいな感じで“天使の取り分〜エンジェルズ・シェア”と呼ぶのだとか。なるほど。『ワーキングマンズ・デッド』が熟成されていく中で蒸発してしまった天使の取り分、と。そういうことか。
全64トラック。全長2時間半超。「カンバーランド・ブルース」セッションは1トラックのみ、「ケイシー・ジョーンズ」も3トラックしか入っていないけれど、「アンクル・ジョンズ・バンド」「ハイ・タイム」「ブラック・ピーター」あたりはスタジオでの会話も含めて6〜8トラックずつ。「ダイアー・ウルフ」は14トラック、「ニュー・スピードウェイ・ブギ」は11トラック、「イージー・ウィンド」は15トラック。
まあ、ヴォーカルも入っていない、ダビングもしていない、超シンプルなリズム隊だけの演奏が手探り状態でえんえん続くところも多いし、途中でうまくいかなくてやめちゃうテイクだらけだし…。ファンじゃない人にとっては何の聞き所も、興味のとっかかりすらもないであろう音源集ではありますが(笑)。ファンにとってはたまらない。
1970年代を迎えたあの時期、デッドがあれこれ葛藤しつつ、デビュー当初のサイケデリック/アシッドな方向性から、アコースティカルなアメリカーナ〜ルーツ・ロック寄りの方向性へとどのように転換しようとしていたのか。『ワーキングマンズ・デッド』という“ゆる〜い名盤”が持っていた意味/意義を、スタジオの中に居合わせているかのような視点から再検証させてくれる、なんともありがたいコンピレーションだ。
ヴォーカルもアコギもペダル・スティールもまだダビングされていない、エレキ×2+ベース+ドラムという編成で録音された「ハイ・タイム」の美しいベーシック・トラックとか、楽器編成やテンポが微妙に違う「ダイアー・ウルフ」とか、アコギとドラムと歌だけのデモからスタートして徐々にアレンジがまとまって形を成していく過程を追える「ニュー・スピードウェイ・ブギ」とか、スロー・ブギ・パートの絡み具合がまるで違う「イージー・ウィンド」とか、オフィシャル・リリース・ヴァージョンよりも浮遊感の強い「ケイシー・ジョーンズ」とか…。
当時、ライヴで何度か揉んでからレコーディング・スタジオへと持ち込まれた曲も多いらしいのだけれど。スタジオでもけっこういろいろ試行錯誤が繰り返されていたりする。デッドのちょっと意外な表情が見られた気がして、新鮮だ。
ぼくはけっしてデッドの熱心なファンというわけではないのだけれど、少なくとも1970年に発表された『ワーキングマンズ・デッド』と『アメリカン・ビューティ』という2枚の傑作アルバムが果たした役割というか、時を超えて放ち続けている魅力というか、その辺だけは自分なりに受け止められているんじゃないかなぁと、ぼんやり思っている。そんなぼんやりしたフォーカスをより鮮明にしてくれる貴重なドキュメンタリー。
1週間後に出る50周年記念デラックス・エディションのほうは、最新リマスターがほどこされたオリジナル・アルバムに、1971年2月21日、ニューヨークのキャピトル・シアターで行なわれた公演の未発表フル音源を収めたCD2枚を加えたCD3枚組。オリジナル通りの8曲を最新リマスターで収めたアナログLPも出る。デッドのサイトで見ると、全世界1万枚限定のピクチャー・ディスクとか、2000枚限定のカラー・ヴァイナルとか、いろいろあって。カラー・ヴァイナルのほうはすでに売り切れてるな。ほしかったかも…。
いずれにせよ、この辺まとめてものすごく楽しみ。この夏、デッドならではの“やばいユルさ”にどっぷり身を任せちゃいましょう。