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Life Itself - 2018 film (kino films/TC Entertainment)

ライフ・イットセルフ 未来に続く物語(DVD)

ニューヨークに暮らすウィル(オスカー・アイザック)とアビー(オリヴィア・ワイルド)。学生時代の大恋愛を経て結ばれたカップルだ。初めて授かった子供の出産を間近に控えて幸せの絶頂にあった彼らを、しかし残酷な運命が待ち受けていた…。

一方、海の彼方のスペインでは、オリーブ園のオーナーであるサチオーネ(アントニオ・バンデラス)のもとで働くハビエル(セルヒオ・ペリス=メンチェータ)と、彼が見初めたウェイトレスのイザベル(ライア・コスタ)が結婚。貧しいながらも幸せな家庭を築く。

このふたつの家族をめぐるそれぞれの物語が、時を、地域を、世代を超えて、意外な形で奇跡のように絡まり合っていく。そのさまをドラマチックに綴ったのが本作、2018年にアメリカで公開された『ライフ・イットセルフ〜未来に続く物語』という映画だ。ゴールデングローブ賞をはじめ38の賞を獲得した大ヒット・ドラマ『THIS IS US/ディス・イズ・アス』の企画・脚本・製作総指揮を手がけたことで知られるダン・フォーゲルマンが脚本・監督。去年、日本でも劇場公開された。

その映画がこのほど日本でもDVD化。さらにAmazon PrimeApple TVでもレンタル/ダウンロード販売され始めたので紹介しておきましょう。

映画の出来に関してはけっこう賛否あって。ふたつの家族の物語の絡まり合いが謎解きのようで面白いという意見もあれば、ちょっと展開が強引すぎて萎えるという意見もあり。確かに最後に至る流れに関しては、あれあれあれ? という、なんというか、こう、性急な感じも否めないっちゃ否めないのだけれど。

でも、すべては必然、みたいな。偶然などない。すべてはつながっている。自分はひとりで存在しているようでいて、けっしてひとりではなく。自分が経験するいいことも悪いことも、喜びも悲しみも、自分がここに存在する前からの長い長い時の流れすら受け継ぎながら、今ここに在るのだ、と。そんなことを改めて思い知ることができて、ぼくにはじんわり楽しめた1本だった。初期『クリミナル・マインド』や『ホームランド』といったドラマでもおなじみ、マンディ・パティンキンの出演も個人的にはうれしかったポイント。

で、実はこの映画、物語の発端となったのがボブ・ディランのアルバム『タイム・アウト・オヴ・マインド』だというのも、ちょっとうれしいエピソードだ。そんなこんなで、日本での劇場公開時、パンフレットにディラン(実はこの名前も物語上、とても重要だったりするのだけれど)に関する原稿を寄せさせてもらった。それをこちらに転載させていただきますね。映画の中で流れるアルバム収録曲について、いろいろ書きました。ご興味ある方、目を通してみてください。『タイム・アウト・オヴ・マインド』を別角度から改めて再評価するにはいい機会かも。

友情と愛情、親と子、アメリカとスペイン、出会いと別れ、生と死、過去と現在、そして未来…。多様な縦軸と横軸を自在に行き来しながらダン・フォーゲルマン監督が紡いだ映画『ライフ・イットセルフ』。その物語の起点となったのが、ボブ・ディランのアルバム『タイム・アウト・オヴ・マインド』だというのは、ディランのことが大好きな音楽ファンとして実に興味深く、何よりもうれしい事実だった。

劇中、アビーがウィルに熱く語る通り、1997年に発表されたこのアルバムはディランに新たな転機をもたらした傑作だ。62年のデビュー以来、ディランは先鋭的な感覚と柔軟な音楽性でシーン最前線に君臨してきた。その影響力は今なお衰えていない。が、低迷期もあった。80年代半ばごろからは明らかに迷いの時期。新作は着実なペースで発表され続けていたが、どこか焦点の定まらない作品も少なくなかった。

そんな低迷期を脱する契機となったのが、実に7年ぶりに全て書き下ろしの新曲で固めた『タイム・アウト・オヴ・マインド』だった。どの収録曲も恐ろしく荒んでいた。老いと死、そして失われた愛についての厳しい問いを投げかけていた。もはや、そこに迷いはかけらもなかった。

映画の冒頭にも使用されたひどく厭世的な「ラヴ・シック」で、草原の恋人たちの姿や窓に映るふたつの影を、彼らが去るまで見つめ、やがてひとり闇の静寂の中に取り残される…という心情を綴るディランの歌声は意図的に歪まされ、地獄の底から響いてくるようだった。ウィルがコーヒー店で大声で叫ぶ「スタンディング・イン・サ・ドアウェイ」では、周囲のすべての笑い声に悲しみを覚え、赤く染まる星に怯え、けっして消え去ってくれないかつての恋の亡霊に嘆く男の姿が描かれていた。

「ノット・ダーク・イェット」も死への予感が色濃く漂う1曲だった。自分が何から逃れてここにやって来たのかすら思い出せず、祈りのつぶやきも聞こえない。ノット・ダーク・イェット、つまり、まだすっかり暗くなってはいないけれど…と、そんなイメージを淡々と歌ったところでディランは声を弱め、でも、じきにそうなるさ…と結ぶ。「トライン・トゥ・ゲット・トゥ・ヘヴン」では、自分が世界中を旅してきたことを胸を張って自慢した直後、でも、今の自分は、ドアが閉まってしまう前になんとか天国にたどり着こうとしている、と自らの情けなく告白する。

そして、アビーの表現を借りれば、それら“激しくてダーク”な楽曲群に紛れるように収められた真っ向からの愛の歌「メイク・ユー・フィール・マイ・ラヴ」が、ある種究極のツンデレ曲としてぼくたちの心をわしづかみにする。君を幸せにする。君の夢をかなえる。地の果てまでだって行く。ぼくの愛を君に感じてもらうえるならば…。あまりにもストレートな心情吐露に、ぼくたちは思わず涙するしかない。

アルバム『タイム・アウト・オヴ・マインド』は久々に全米トップ10入り。ボブ・ディランという男の底力を改めてシーンに思い知らせた。

アビーは、我々を予測不能な未来へと導く人生こそが“信頼できない語り手”である、と語る。まさにディランのことだ。彼が紡ぐ様々な物語は聞き手ひとりひとりの心に届き、それぞれの人生なり思いなりと重なり合い、各々の物語へと昇華する。たったひとつの正解があるわけではない。ぼくの物語もある。あなたの物語もある。アビーの物語もあれば、フォーゲルマン監督の物語もある。そこからまた新たな“語り手”が物語を外に向かって解き放ち、予測不能な連環の起点となる。

まだ『タイム・アウト・オヴ・マインド』を未体験の方がいらっしゃるなら、これを機会にぜひ。ボブ・ディランという当世随一の語り手が綴る物語がそれぞれの胸の中でどんな新しい物語へと変換され繋がっていくのか…。最後もまたアビーの表現を借りることにしよう。“Give it a chance!”、このアルバムにチャンスを!

(2019年10月・記)

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