Disc Review

III / Soggy Cheerios (P-Vine/Cosmic Sea Records)

Ⅲ/ソギー・チェリオス

アルバムの終盤に収められていた「ハッピー」という曲から、こんな歌詞が聞こえてきた。ちょっと泣けた。

“そして一枚のレコードがぼくの人生を/いとも簡単に完全に変えたんだ…”

誰もが…というわけじゃないだろう。けど、身に覚えのある音楽ファンも少なくないはず。何らかの機会に、ふと、何気なく出くわした音楽がもたらしてくれたマジカルな一瞬、みたいな。ぼくにもそんな奇跡があったっけ…。

そして、今なおその魔法から逃れられずにいるであろうポップ音楽ファンたちにとって、ちょうどひと月ほど前にリリースされた本作、ソギー・チェリオスの『Ⅲ』というアルバムは、なんとも抗いがたい思いというか、匂いというか、郷愁というか、そういったふと忘れかけていたものをさりげなく思い起こさせてくれるうれしい1枚になるはず。

鈴木惣一朗(ワールド・スタンダード)と直枝政広(カーネーション)によるポップ・ユニットの文字通り3作目。2013年の『1959』、2015年の『EELS & PEANUTS』に続く4年ぶりの復活作ということになる。

彼らの場合、もちろんともに鉄壁のミュージシャンでありソングライターであるのだけれど、この二人が揃うと、何よりもマニアックなポップ・ミュージック・ファンどうしという感じになって。ポップスの魔法で何かを大きく変えられてしまった者たちが、初々しい感動と感謝の念を忘れることなく音を編み、構築し、その最初の聞き手としての幸運を噛みしめながら、思う存分楽しみ合っているような、互いに目を見交わしていたずらっぽく笑い合っているような、そんな感触があって。頬が緩む。それこそ、ぼくがソギー・チェリオスを好きな最大の理由だ。

もちろん、『Ⅲ』もそんな1枚。といっても、これまでの2作ではすべてソングライティング・クレジットが“ソギー・チェリオス”とユニット名表記になっていたけれど、今回はボーナスを除く全9トラック中8曲が直枝、鈴木、それぞれの個人名表記。共作ではなく、二人が各々単独で書いた楽曲がほぼ交互に並んでいる。両メンバーの個性が溶け合う過去2作の在り方も素敵だったけれど、今回も別の意味で面白い。

同い年で、たぶん似たような音楽体験をしてきた似た者どうしのはずなのに、実はお互い絶対他人は踏み入れさせない聖域を抱え込んでいる、みたいな。そんな二人の個性が曲ごとにくっきり浮かび上がり、それによってむしろユニットとしての“色”が際立ったような…。んー、うまく言葉にできないけれど、相手の色を尊重することが自分の色をも深めることにしっかりつながっているというか。昨日今日の間柄じゃねーな、と。そんな感触が素敵だ。

ひときわパーソナルな手触りを深めた1970年代初頭のポップ・アプローチを基調に、近年のインディ・ロック/インディ・フォーク・シーンにまで目配りした音作り。女性シンガー・ソングライターの優河、ヒックスヴィルの中森泰弘、カウチの平泉光司、元・森は生きているの谷口雄らが曲によって的確なサポートを聞かせている。

が、それも最小限。鈴木・直枝が他のほぼすべての楽器を自分たちで演奏し、ポップなのにどこか内省的で、楽しいようでいて妙に寂しげで、達観しているようでいて、でも、まだどこかに振り払いきれない未練があるような…なんともビミョーな空気感を見事に醸し出してみせる。

次作もあるといいなぁ。ブランク4年とか言わず、そう遠くない時期に…。

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