Disc Review

Thanks for the Dance / Leonard Cohen (Columbia/Legacy)

サンクス・フォー・ザ・ダンス/レナード・コーエン

レナード・コーエンが82歳で亡くなったのは3年前、2016年11月。新作アルバム『ユー・ウォント・イット・ダーカー』を発表してほんの数週間後のことだった。

まるで冥府からの聖歌。『ユー・ウォント・イント・ダーカー』はすごいアルバムだった。2010年代、老齢を迎えたコーエンが、しかしそれまで以上の熱をもって、2年に1枚くらいのペースでリリースし続けた一連のアルバム群同様、“枯れた”などという地点をとうに越えた、“鎮静した迫力”のようなものが全編を貫いていた。

ちょうどオバマからトランプへ、というとてつもない地殻変動のただ中にあった時期のリリースだったこともあり、アルバム・タイトル曲の“けっしてやって来ることのない救いを求め燃え尽きようとしている無数のキャンドル/誰もがさらなる闇を求めている…”というフレーズがやけに辛辣に胸に刺さったものだ。“私はここにいます/主よ、覚悟はできています”という締めのフレーズにも震えた。

コーエンが息子であるアダムの助けを借りながら最後の力を振り絞って編み上げたあのアルバムこそが遺作なのだと思っていた。が、そのセッションでコーエンはさらなる多彩な“断片”——デモ・スケッチや、詩の朗読などを録音していたらしい。それらをもとにして完成した楽曲へと導いてやってほしいという遺志をアダムに託し、コーエンは旅立っていったのだとか。

そんな遺志を継ぎ、アダム・コーエンが3年がかりで完成へと導いたのが本作『サンクス・フォー・ザ・ダンス』だ。それだけに、ありがちな死後発表作とは違う。先日紹介したハリー・ニルソンの『ロスト・アンド・ファウンド』同様。単なる未発表音源集ではない。すでに詩集に収めて歌詞のみ発表ずみの作品もある。かつて他アーティストに提供した楽曲もある。が、コーエン自身の音楽作品として世に出るのは全曲これが初だ。新録音源が並んだ通算15作目の“新作アルバム”ということになる。すごい。

アダム・コーエンを中心に、スパニッシュ・ラウード奏者のハビエル・マス、ファイスト、ジェニファー・ウォーンズ、ダミアン・ライス、パトリック・ワトソン、デス・キャブ・フォー・キューティーのザック・レイ、アーケイド・ファイアのリチャード・リード・パリー、ザ・ナショナルのブライス・デスナー、ベック、ダニエル・ラノワら、コーエンを敬愛する者たちが力を合わせて完成へと至らせた素晴らしい1枚。けっして過剰に飾り付けられることなく、シンプルに、さりげなく色づけされたアコースティックな音像が実にコーエンらしく、的確な仕上がりだ。

オープニング曲「ハプンズ・トゥ・ザ・ハート」でコーエンは、“聖なる小物を売っていた/粋な服に身を包んで/台所には子猫/庭には豹/才能の牢獄では/看守たちと親しかった”などと、自らの歩みをシニカルに振り返る。そして、“ここには寓話もない、教訓もない/さえずるマキバドリもいない/いるのは汚い物乞いだけ/心で何が起こるのか思い巡らしながら…”と辛辣に綴り、やがてラスト、“ライフルの扱いはお手のものだ/父親の.303ブリティッシュ弾/ぼくは究極の何かのために戦った/反対する権利のためにではなく…”と締めくくるのだった。毅然と。

アルバムの幕開けから否応なく彼の世界に引きずり込まれる。もちろん、アルバム全体を貫いているのは“死”への予感だ。「ムーヴィング・オン」という曲では“今、君は去った/君はぼくの心を壊し、そして新しくした”と綴る。コーエンは、去ってしまった恋人の面影を追い求めるように、死に思いを馳せる。「ザ・ゴール」でも“ようやく折り合いがついた/魂の収支が…”とつぶやいている。

コーエンがかつてプロデュースしたアンジャニ・トーマスのアルバム『ブルー・アラート』にも収録されていたアルバム・タイトル曲「サンクス・フォー・ザ・ダンス」では、彼女のヴァージョンの歌詞では女性のものだった一人称の目線を男性のそれへと変え、現在進行形を過去形に変え、より諦観や喪失感を強めた表現を聞かせる。

ワルツを踊る男女の物語。曲中、何度も繰り返される“ワン・ツー・スリー、ワン・ツー・スリー、ワン…”というフレーズが、最期の瞬間に向かって少しずつステップを踏むコーエンの姿を聞き手に印象づける。そして、幕切れ、コーエンは“踊ってくれてありがとう/つらかった/素晴らしかった/楽しかった”と、人生というダンスの終焉をノスタルジックに締めくくる。

コーエンは、生命を失い、漂い、さまよい続ける魂たちと交信しているかのようだ。自らもほどなくそうした存在になることを確信しつつ、静かに、穏やかに思いを交わす。この手触りがアルバム『サンクス・フォー・ザ・ダンス』を貫いている。そしてぼくたちは、その透徹した眼差しに震撼し、怯え、しかしいつしか安らぎ、癒やしさえ覚えるのだ。

最後の最後まで、とてつもないソングライターであり、パフォーマーだったんだな、と。改めて思い知る。

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