Disc Review

Come On Up to the House: Women Sing Waits / Various Artists (Dualtone Music)

カム・オン・アップ・トゥ・ザ・ハウス〜ウィメン・シング・ウェイツ/エイミー・マン、シェルビー・リン、アリソン・ムーラー、コリーヌ・ベイリー・レイ、パティ・グリフィン、ロザンヌ・キャッシュ、キャット・エドモンソンほか

ぼくがトム・ウェイツという名前を意識するようになったのは1974年。イーグルスがアルバム『オン・ザ・ボーダー』でウェイツの代表曲「オール55」をカヴァーしたときだった。

1973年の本格デビュー作『クロージング・タイム』は、確か東芝から国内盤が出ていたと思う。が、同じアサイラム・レコードからリリースされたジャクソン・ブラウンやイーグルス、ジュディ・シルあたりのLPを買うのでぼくは精一杯。トム・ウェイツはその名すら意識することなくスルーしていた。アンテナが甘かった。悔やまれる。イーグルスの「オール55」を聞いてぶっとんだぼくは、遅まきながら作者であるトム・ウェイツの素性を調べだした。調べるといってもウィキペディアはまだなかった。だから、雑誌をくまなく読みあさる程度。でも、調べた。

1974年にアサイラムの配給権が東芝からワーナーに移ったこともあり、国内盤『クロージング…』などもはや影も形もなし。ぼくが足を運んだ範囲内では輸入盤も中古盤も見かけなかった。でも、アマゾンもない。ヤフオクもない。そんな感じで何ヵ月か。そしてようやくトム・ウェイツの新作が出るらしいという朗報にたどり着いた。国内盤が出る気配はなし。改めて輸入盤屋さん詣でを繰り返し、1974年暮れ、忘れもしない西武デパート渋谷店の地下に店舗を構えていたディスクポートで、リリースほやほやだった『ハート・オヴ・サタデイ・ナイト』をゲットしたのだった。ああ、懐かしい。

ペダル・スティール・ギターの響きと爽快なコーラスが印象的なイーグルスの「オール55」を聞きながら、ぼくはトム・ウェイツのことをちょっとカントリー寄りのシンガー・ソングライターなんだろうなと勝手にイメージしていたのだが。

ジャケットを見て、まず驚いた。フランク・シナトラの『イン・ザ・ウィー・スモール・アワーズ』のジャケットをぐっといかがわしく、チープにうらぶれさせたような世界観。ニルソンの『夜のシュミルソン』に近いかなとも思ったが、もっとやばい何かが潜んでいるような…。そんな印象に少し怯えつつ盤面に針を落とした瞬間、ぼくは一気にやられた。衝撃だった。

ジム・ゴードンのタイトなドラム・フィルを受けて炸裂するマイク・メルヴォインのジャジーなピアノ。ジム・ヒューアートの深いウッド・ベース。そして例のダミ声。その後どんどんダミ声度を増していったトム・ウェイツだけに、今聞くと『ハート・オヴ…』での歌声はずいぶんとまともにも思えるのだが。当時はあれで十分やばかった。その声で“君はドレス姿/俺はネクタイをしめる/ブルゴーニュワイン色の空に浮かぶ充血した月を眺めて大笑いするんだ”みたいな歌詞を、やさぐれたたたずまいで歌う。かっこよすぎた。

“サックスが聞こえる気がした/俺は月の上で酔いどれている”という歌声に導かれてトム・スコットのサックスが舞うジャズ・バラード「ドランク・オン・ザ・ムーン」にもやられた。“徹夜明けの朝以外、朝なんて見たこともなかった/長く離れて暮らすまで故郷を思ったこともなかった/君の頬が濡れるまで君の涙を知らなかった”と、痛いまでの悔恨をメランコリックに綴る「サンディエゴ・セレナーデ」もやばかった。フォスターやワークあたりに通じる抗いようのないアメリカン・ノスタルジアを存分にたたえたワルツに乗せて“霧がかかる/砂が動く/俺は漂う/おいぼれのエイハブ船長だって俺のために何もできやしない…”と絶望的な心象が歌われる「シヴァー・ミー・ティンバーズ」など、もう必殺だった。

こんな音楽、それまで聞いたことがなかった。以来、ぼくはトム・ウェイツのとりこだ。彼の場合、特に初期、アサイラム・レコード在籍時、音の基調はジャズだった。といっても、当時のコンテンポラリーなジャズでもなく、過去のジャズでもない。実際にはどこにもない、現実とパラレルに存在する時代/世界のジャズ。そんな音楽を奏でながら、私的な体験をブコウスキーやケルアック、ギンズバーグ、あるいはバロウズあたりを彷彿させるドラマティックな神話へと再構成して歌い綴っていた。

その後、アイランド・レコードへ移籍したころ音楽的にも大きな変革が訪れる。奇妙な楽器を次々創作し43音純正律を唱えたハリー・パーチの真性のぶっとび加減とか、ローリング・ストーンズの「アイ・ジャスト・ウォント・トゥ・シー・ヒズ・フェイス」で聞かれる混沌とスリルとか、ドクター・ジョンのアルバム『グリ・グリ』に詰め込まれた粘り着くような呪術的グルーヴとか、より多彩、かつ“クセ”の強い音楽性へと興味を広げながら、彼は自らの心の奥底のどす黒い部分にまで深く分け入ったかのような、スプーキーでノイジー、かつハイパーなメランコリック・ワールドをウェイツは構築していくようになった。

ハウリン・ウルフが吠える『三文オペラ』、みたいな? すごい人だと思う。まじ、最高です。ただ、ご存じの通り、この人、過剰だから。どんどん凄味を増し、深みにハマっていった感もあり。言い方は悪いが、どこかとっつきにくい、ハードルの高い存在になっていったのも事実。

と、ここまでが前フリです。長かったですね(笑)。すんません。本題はここから。もしかしたらそんな“とっつきにくさ”を一気に解消してくれそうな1枚が出た、と。そういう話です。

その1枚というのが、今日ピックアップする『カム・オン・アップ・トゥ・ザ・ハウス〜ウィメン・シング・ウェイツ』というコンピレーション。タイトル通り、トム・ウェイツの様々な楽曲を女性シンガーたちがカヴァーしたトリビュート・アルバムだ。ウェイツさんも12月7日に70歳になるのだとか。それをお祝いする企画でもあるらしい。プロデュースは元デル・フエゴズのウォーレン・ゼインズ。ダスティ・スプリングフィールドやトム・ペティの評伝を著わしたり、エルヴィス・プレスリーのアンソロジーを編纂したりもしてきた彼が言い出しっぺとなって制作された。

幕開けは3人姉妹バンドのジョセフ。以降、参加アーティストと曲目、出典をだだーっと書き連ねておくと。

  1. ジョセフ「うちへおいでよ(Come On Up to the House)」(1999年のアルバム『ミュール・ヴァリエイションズ』より)
  2. エイミー・マン「ホールド・オン」(『ミュール・ヴァリエイションズ』より)
  3. フィービ・ブリジャーズ「ジョージア・リー」(『ミュール・ヴァリエイションズ』より)
  4. シェルビー・リン&アリソン・ムーラー「オール55」(1973年の『クロージング・タイム』より)
  5. アンジー・マクマホン「テイク・イット・ウィズ・ミー」(『ミュール・ヴァリエイションズ』より)
  6. コリーヌ・ベイリー・レイ「ジャージー・ガール」(1980年の『ハートアタック・アンド・ヴァイン』より)
  7. パティ・グリフィン「ルビーズ・アームズ」(『ハートアタック・アンド・ヴァイン』より)
  8. ロザンヌ・キャッシュ「タイム」(1985年の『レイン・ドッグ』より)
  9. キャット・エドモンソン「ユー・キャン・ネヴァー・ホールド・バック・スプリング」(2006年の『オーファンズ』より)
  10. アイリス・ディメント「からっぽの家(House Where Nobody Lives)」(『ミュール・ヴァリエイションズ』より)
  11. コートニー・マリー・アンドリュース「ダウンタウン・トレイン」(『レイン・ドッグ』より)
  12. ザ・ワイルド・リーズ「トム・トラバーツ・ブルース」(1976年の『スモール・チェンジ』より)

ジャズ、アシッド・フォーク、カントリーなど様々なジャンルから的確に選ばれた顔ぶれ。彼女たちが絶妙の選曲で、一見凄絶に思えることすらあるウェイツ作品の背景に潜む“美しさ”をそれぞれのやり方で抽出して聞かせてくれる。出典的にはずいぶんと偏っているかな。『ミュール・ヴァリエイションズ』、大人気ですが…(笑)。

個人的には、選曲、パフォーマンスともども、大好きなキャット・エドモンソンの「ユー・キャン・ネヴァー・ホールド・バック・スプリング」がいちばんぐっときた。シェルビー&アリソン姉妹もいい。パティ・グリフィンも泣けた。フィービ・ブリジャーズやアンジー・マクマホンの静謐な表現も胸に迫ります。

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