Disc Review

Back-In Living Stereo (The Essential 1960-62 Masters - Rare Outtakes & Home Recordings) / Elvis Presley (Memphis Recording Service)

バック・イン・リヴィング・ステレオ(エッセンシャル1960〜62マスターズ)/エルヴィス・プレスリー

エルヴィス・プレスリーは1950年代こそ最高! というのが、いまだロック・シーンでの一般的な意見なのかもしれない。ぼく自身、いろんなところでそう発言してきたものだ。

が、これはあくまでも1950年代に爆発した“ロックンロール”という文化を中心に据えた視点からの意見。ロックンロールの王者としてのエルヴィスならば、確かに1950年代、いわゆる“入隊前”の作品が最高だろう。敵はいない。が、そのロックンロールをも含むアメリカン・ポップス全体を俯瞰する視点から振り返ると、1960年代、“除隊後”のエルヴィスにこそすべてがある。

とか、偉そうなことを言ってはいるものの、以前もこのエントリーで書いたことがあるように、ぼくが初めてエルヴィスのすごさをリアルタイムで感じたのは1970年のこと。その年の1月、米国では1968年暮れに放映されたカムバックTVスペシャル『エルヴィス』が日本でもオンエアされた。当時中学生だったぼくはその番組を見て、こりゃやばい、と。遅ればせながらエルヴィス・プレスリーという最強の才能のとりこに…。

以降、過去にさかのぼって彼の名唱をあさりまくるようになった。だから、1950年代はもとより、1960年代中盤までのエルヴィスの歌声に接したのはそのあと。すべてが後追いだ。が、そんな追体験組としても、やはり1960年代初頭のエルヴィスのすごさには圧倒されてしまう。圧倒されるしかない。

そんな事実を改めて思い知らせてくれるCD6枚組+100ページ・ブックレットという豪華な仕様のボックスセットが出た。公式ブートレッグ・レーベル“FTD〜フロー・ザット・ドリーム”ともども、エルヴィスの過去音源をいい音質でマニアックに編纂し続けている“MRS〜メンフィス・レコーディング・サーヴィス”からのリリース。副題にもある通り、1960年から1962年までにエルヴィスが残した、映画サウンドトラック以外のスタジオ・レコーディング音源を網羅したものだ。

CDの内訳としては、ディスク1が1960年のレコーディング・セッションからのマスター・テイク集。ディスク2が1961〜1962年のマスター・テイク集。前述した通り、ハリウッドで録音されたサントラ音源はいっさい入っていないが、ゴスペルものも含むナッシュヴィル録音によるオリジナル・アルバム(『エルヴィス・イズ・バック』『歌の贈り物』『ゴールデン・レコード第3集』『心のふるさと』『ポット・ラック』など)の収録曲、およびアルバム未収録のシングル音源が集大成されている。ディスク3と4がそれらスタジオ音源群の別テイク集。ディスク5が1960年にエルヴィスが自宅で録音したホーム・レコーディング集。ディスク6が副題に記された時期からは外れるものの、1966年のホーム・レコーディング集。

この時期のエルヴィスの動きを軽く振り返っておくと——。

1958年3月、米陸軍に入隊しドイツに駐屯していたエルヴィスが晴れて除隊したのが2年後の1960年3月。さっそく同月20日と21日に除隊後初のレコーディング・セッションが行なわれた。が、まずこれに先立って注目しておきたいのが、1958年6月、まだエルヴィスが入隊中の時期に休暇を利用して行なわれたセッションだ。1956年に衝撃の全米デビューを飾って以来、ナッシュヴィル→ニューヨーク→ハリウッドと活動状況に即して録音スタジオを変えてきたエルヴィスだったが、このとき再び古巣のナッシュヴィルに戻った。

と同時にミュージシャンの顔ぶれにも時代の流れに即した変化が見られ始めた。2〜4ビートを基本とするドラマー、D.J.フォンタナに加えて、8ビートでグルーヴできる名手、バディ・ハーマンが参加したのがもっとも大きい変化か。さらに、ロカビリー・ギターが得意なスコッティ・ムーアに加えてよりソリッドなプレイを聞かせるハンク・ガーランドが、ウッド・ベース主体のビル・ブラックに代わってエレクトリック・ベースのボブ・ムーアがそれぞれ加入。

こうした新たなミュージシャンとの出会いと、古巣に帰った高揚感と、軍隊での“歌えなかった”ストレスを発散するかのようなエルヴィスの爆発的な歌声とが見事に合体し、傑作を生み出した。このとき録音されたエルヴィスにとって初のストレートな8ビート曲「アイ・ニード・ユア・ラヴ・トゥナイト」や「恋の大穴 (A Big Hunk O' Love)」が、1950年代に終止符を打ち、来るべき1960年代の幕開けを告げたわけだ。

この後、1960年代に入ってからも、エルヴィスはナッシュヴィルで数多くのセッションを経験する。そこで息もぴったりにエルヴィスをバックアップしていたミュージシャンといえば、前述したバディ・ハーマン、ハンク・ガーランド、ボブ・ムーアらのほか、ピアノのフロイド・クレイマー、ギターのハロルド・ブラッドリー、サックスのブーツ・ランドルフなど。

オールディーズ・ファンならばピンとくると思うが、この顔ぶれは当時のナッシュヴィルを牛耳っていた一流どころばかり。エヴァリー・ブラザーズ、ロイ・オービソン、コニー・フランシス、ブレンダ・リー、エディ・ホッジズ、ジョニー・ティロットソンなど、日本でいわゆる“シックスティーズ・ポップス”と呼ばれるタイプの人気アーティストのヒット・ソングは、ほぼすべて彼らの手によってバックアップされていた。その“シックスティーズ・サウンド”の真髄を、今回のボックスに詰め込まれたエルヴィスの1960年代初頭ナッシュヴィル・セッションで存分に堪能できるわけだ。

この時期、セクシーでジャジーな「胸が燃えるぜ (Fever)」や、その後のエルヴィスの売り物のひとつとなるポップなミディアム・ナンバーの第一弾「奴の彼女に首ったけ (The Girl of My Best Friend)」、カンツォーネをアレンジした「イッツ・ナウ・オア・ネヴァー」やカントリー・バラード「今夜はひとりかい (Are You Lonesome Tonight?)」など幅広い楽曲たちにエルヴィスは次々と挑んでいた。おかげで、かつて“エルヴィスなんてやかましいだけ。悪魔の音楽だ”と排斥していた“大人”たちも、“エルヴィスもいいじゃないか”と言うようになった。この流れが1950年代からエルヴィスを支持してきたロックンロール派のファンには歯がゆく感じられ、冒頭の“エルヴィスは1950年代に限る”的な価値観が生まれてしまったのかもしれない。

が、今、60年近い歳月を経て振り返ればわかる。エルヴィスの姿勢はこのときも1950年代と何ひとつ変わっちゃいない。何かが変わったとすれば歌がさらにうまくなったということか。レコードに残されたサウンドの変化も大きいかもしれない。録音技術が飛躍的に向上したため、1960年代以降のエルヴィス作品の歌唱や演奏は1950年代のそれらに比べやけにクールに、明瞭に聞こえる。これが結果的にロックンロールふうの粗雑な快感を少々減じてしまっているのは確かだ。

が、プレイそのものに冷静に耳を傾ければ、ドライヴ感は相変わらず圧倒的。バディ・ハーマンやハンク・ガーランドの加入によって、むしろロック・センスは増大している。そんなふうにバックのサウンドがぐっとロック的なドライヴ感を強めたのに対し、エルヴィスの歌声はもはやロックだけにはとどまらない、より雄大な“幅”をたたえ始めていた。姿勢は変わっていないが、シンガーとしての幅は思い切り広がった。

これまたこちらこちらのエントリーでも触れたことの繰り返しになるのだけれど、1950年代、衝撃のデビューを飾ってから休む間もなく走り続けた若き日のエルヴィスにとって、音楽とは、極端に言えばカントリーとブルースとR&Bと賛美歌のこと。が、2年の休息を経て活動を再開した彼は、世界にはもっとたくさんの魅力的な音楽があることを身をもって示し始めた。

入隊していた2年間の成長を反映してか、シャウトの中にも余裕すら感じさせる。1950年代、デビュー当初のエルヴィスが聞かせた若々しい切迫感と、1968年、シーン第一線にカムバックして以降の彼が聞かせた“泣き”をこめた円熟の味と。その両者が1960年代初頭のエルヴィス作品には実にいいバランスで共存している。

ただし、ここで間違っちゃいけないのは、彼はロックンロールを捨てて大人のポップ・ミュージックの世界に足を踏み入れたのではないということ。ロックンローラーとしての魅力はそのまま、さらに新たな魅力を身につけながらより幅広い歌を聞かせるようになっただけだ。普通だったら共存しえない“ロックンローラーとしての味”と“ポピュラー・シンガーとしての味”。この両者が本ボックスセットに収められた1960年代初頭のエルヴィスのナッシュヴィル録音には見事に共存している。ロックンロールでありつつもポップ、という離れ業を軽々とやってのけてみせている。

そんな雄大なエルヴィスの歌声の魅力を存分に楽しむには絶好のボックスセット。まあ、過去、エルヴィスのレア音源集を熱心に買い続けてきたマニアにしてみれば、すでに持っているテイクがほとんどということになるのだが、それでもほんの一部ではあるけれど初出の音源もある。マスター・テイクの最新リマスターも、いつものMRSらしく、いい出来だ。

確かに、エルヴィスのごついボックスは今年これですでに3組め? 4組め? 何やら来年早々、FTDのほうから『エルヴィス・イズ・バック』のリリース60周年を祝って、1960年3〜4月のナッシュヴィル・セッションで録音された18曲の全テイクを集大成するCD4枚組が出るという噂も耳にしているし。聞くだけでも大変。もちろんフトコロのほうもやばい。

けれども、仕方ない。やばくてOK。そのために働く。がんばる。で、エルヴィスの不滅の歌声に接して、癒やされ、励まされるのだった。ああ、なんて素晴らしき日々…。

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