Disc Review

What's Going On Live / Marvin Gaye (Tamla/Motown/UMe)

ホワッツ・ゴーイン・オン・ライヴ/マーヴィン・ゲイ

「ホワッツ・ゴーイン・オン」(この曲の正式な日本語表記って“ゴーイング”じゃなくて“ゴーイン”なのね。確かにぼくもこれまで両方の表記をテキトーに使ってきた気がするけど。正式に“ゴーイン”だったとは。今、知ったw)。マーヴィン・ゲイのこの曲がどうすごいか、音楽ファンならばもう耳タコの話だとは思う。今さら事細かにここで繰り返すつもりはないけれど。この曲に関して、ぼくが個人的にいちばんすごいなと思っているポイントだけ、軽く振り返っておくと。それは、その視点というか、立ち位置というか…。

この曲がヒットした1971年ごろというと、ブラック・ミュージックの世界ではカーティス・メイフィールド、スティーヴィー・ワンダー、ダニー・ハザウェイ、ロバータ・フラックら意識的なミュージシャンたちが、白人、黒人の壁を乗り越え、ぐっと人間の内面に分け入った歌詞を作り始めたころ。彼らはサウンド的にも、いわゆる泥臭いR&B的な音作りから脱皮。ジャズやクラシック、ロックなどの要素も大胆に取り入れながら音を緻密に磨き上げ、ブラック・ミュージックの可能性をどんどん広げつつあった。

「ホワッツ・ゴーイン・オン」はそんな中でも象徴的な1曲だった。当時の米国を覆っていた暗い影に対し真摯な問いを投げかけた問題作。メロウでスムーズな音像をともなったこの曲に託されたメッセージは、たとえばジェイムス・ブラウンの「セイ・イット・ラウド、アイム・ブラック・アンド・アイム・プラウド」(1968年)の“大声で言うんだ。俺は黒人だ。それを誇りに思う”という積極的かつパワフルな自己肯定をはらんだタイトルや、スライ&ザ・ファミリー・ストーンの「スタンド!」(1969年)の“自分のために、自分たちの社会のために、自分が信じるもののために立ち上がれ”という高揚感に満ちた熱い歌詞などとは違っていた。

曲中、マーヴィンは若者の長髪に言及する。“ぼくたちの髪が長いからといって誰がぼくたちを裁けるんだ”と。1971年といえば、まだ男性の長髪姿が単なるファッションの一選択ではなく社会的反抗の記号として機能していた時代。それをふまえての歌詞だったわけだが。しかし、この曲を含むアルバムのジャケットに映し出されたマーヴィンは黒人特有の縮れた短髪姿。彼はあの曲で、黒人としてではなく、より広い視野から平和を訴えていた。マーティン・ルーサー・キング牧師暗殺以降、一気に過激度を増した公民権運動の在り方に対してさえもノーを突きつけていた。白人でも黒人でもない。米軍でも北ヴェトナム軍でもない。大人でも子供でもない。そんな俯瞰した視点から“戦争は答えじゃない。憎しみを克服できるのは愛だけだ”と歌う。

すごい曲だな、と思う。改めて。

で、そんな名曲をフィーチャーした傑作アルバムは、これまでずいぶんと何度も、様々な形で再発が実現してきた。いわゆる“CDデラックス・エディション”も2種類。2011年に発売40周年を記念して出た2CD+1LP版もすごかったけれど、個人的には2001年、30周年記念の2CD版の充実ぶりが好きだった。例の“デトロイト・ミックス”やもろもろのシングル・ヴァージョンなどとともに、1972年5月1日、“マーヴィ・ゲイ・デイ”を祝ってワシントンDCのケネディ・センターで録音されたライヴ音源がボーナス収録されていて。これがごきげんだった。

で、そのごきげんなライヴ音源がこのほどめでたく単体で作品化。CD、デジタル・ダウンロード、ストリーミング配信、そして2枚組アナログLP、と様々な形でリリースされた。なんでも、このときのライヴ、マーヴィン・ゲイが唯一、あの名作アルバム『ホワッツ・ゴーイン・オン』の収録曲を、ほぼ全曲(「マーシー・マーシー・ミー」以外)、順不同にではあるけれど披露しているもので。そういう意味でも実に貴重。もちろん2001年版のデラックス・エディションを持っている人には必要ないものといえば、まあ、そうなのだけれど。

でも、アナログLP化は今回が初。それに合わせてジョン・モラレスによって新たにリミックスされ、アレックス・アブラッシュがリマスターして、マーヴィ・ゲイの伝記の著者でもあるデヴィッド・リッツが新ライナーノーツを書き下ろした、と。なので、アナログを買いたい人はもちろん、CDのほうもそれなりに見逃せないブツではあるのだった。

内容的には、もちろん『ホワッツ・ゴーイン・オン』収録曲のライヴ・ヴァージョンがメインなわけだけれど、ぼくは冒頭に入っている過去のヒット曲メドレーに思いきりシビれた。74年とか77年にそれぞれ出たライヴ盤にも過去のヒット曲メドレーは入っていて、どちらもごきげんな仕上がりではあったものの、それとはまた別ベクトルで素晴らしい出来なのだ。

「ザッツ・ザ・ウェイ・ラヴ・イズ」「ユー」「悲しいうわさ」「リトル・ダーリン」「ユアー・オール・アイ・ニード」「恋はまぼろし」「ユア・プレシャス・ラヴ」「プライド・アンド・ジョイ」「スタバーン・カインド・オヴ・フェロー」といったおなじみのヒット曲が13分にわたって次々歌われていく。で、そのどれもがこの時期のマーヴィン・ゲイらしい、ぐっとメロウに洗練されたアプローチによって生まれ変わっていて。ああ、どの曲もこのアレンジで1曲ずつ丸ごと聞いてみたいと思わせる仕上がり。ほんのひと節しか歌われないようなものも含め、それぞれの曲がはらんでいる隠れた魅力が別角度から引き出されているようで。もう、あっという間の13分。泣ける。

うん。さっき書いたみたいに、この人の曲はもちろんすごいのだけれど。やっぱ歌声だな。この人、歌声がものすごい。アナログで聞くぞ、おー!

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