Disc Review

there is no Other / Rhiannon Giddens with Francesco Turrisi (Nonesuch)

ゼア・イズ・ノー・アザー/リアノン・ギデンズ&フランチェスコ・トゥリッシ

現代アメリカーナ・シーンの最強歌姫、リアノン・ギデンズの新作。イタリア出身のジャズ・ピアニスト、フランチェスコ・トゥリッシとのデュオ形式でレコーディングされている。プロデュースはジョー・ヘンリー。レコーディングはトゥリッシが現在本拠としているアイルランドのダブリンで。どの曲もダビングやエディットは最小限に抑え、一発録りに近い音像を実現。わずか5日間で全曲を録り終えたそうだ。

なので、収録曲の大半でリアノンとフランチェスコはそれぞれひとつ、もしくはふたつの楽器を奏でるのみ。とはいえ、その楽器ひとつひとつが深いというか、渋いというか。リアノンが担当しているのは彼女にとって最愛の相棒とも言うべきミンストレル・バンジョーとオクターヴ・ヴァイオリン、そしてヴィオラ。フランチェスコはピアノやアコーディオンのような鍵盤楽器はもちろん、フレーム・ドラム、タンブレロのような打楽器から、リュートやコラシオーネ、4弦バンジョーといった弦楽器まで、マルチに手がけている。3曲だけ、ケイト・エリスが助っ人としてチェロやヴィオラで客演。

と、そんな簡素ではあるが、それゆえに深遠な緊張感に貫かれたアンサンブルで演奏された全12曲。アルバムの冒頭を飾る「テン・サウザンド・ヴォイシズ」とタイトル・チューン「ゼア・イズ・ノー・アザー」がリアノン単独の自作曲。ラストひとつ前に収められたリード・トラック「アイム・オン・マイ・ウェイ」がリアノンと今回のプロデューサー、ジョー・ヘンリーとの共作曲。抗いがたい郷愁と敬虔な思いに包まれたラス曲「ヒー・ウィル・シー・ユー・スルー」がリアノンと、前ソロ・アルバム『フリーダム・ハイウェイ』を共同プロデュースしたダーク・パウエルとの共作曲。この4曲に挟まれた8曲が実に興味深いカヴァーものだ。

「ゴナ・ライト・ミー・ア・レター」はリアノンと同じノース・キャロライナを本拠とするオールド・タイム・カントリー系シンガー・ソングライター、オラ・ベル・リードが78年に発表した作品。

「ウェイフェアリング・ストレンジャー」は19世紀初頭に生まれたフォーク/ゴスペル作品。ジョニー・キャッシュ、エミルー・ハリス、スティーヴ・アール、エド・シーランらのカヴァーでもおなじみだが、フランチェスコの哀切に満ちたオブリガートを伴ったリアノンの力強いパフォーマンスも素晴らしい。

「ツリーズ・オン・ザ・マウンテン」は現代アメリカのクラシック/オペラ作曲家、カーライル・フロイドが旧約聖書の『ダニエル書』から着想を得て米南部を舞台に書き上げた歌劇『スザンナ』からの曲。

「ピチカ・ディ・サン・ヴィト」はイタリアのトラディショナル。荒々しくアグレッシヴなアプローチが印象的だ。

「ブラウン・ベイビー」は、マックス・ローチと組んだアルバム『ウィー・インシスト!』での急進的なメッセージでも知られるジャズ・シンガー/詩人/劇作家、オスカー・ブラウン・ジュニアの作品。マヘリア・ジャクソンが取り上げたことでも知られるブラウン・ジュニアの代表曲だ。

「ブリッグズ・フォホー」は、ぼくはまったく知らない曲だが、ブラジルの奇才、エルメート・パスコアールの名と、19世紀半ばに米国初のバンジョー教本を著したトーマス・F・ブリッグズの名がソングライター・クレジットに並んでいる。バンジョーとアコーディオンのアンサンブルがたまらなくスリリング。

「リトル・マーガレット」は17世紀に起源を持つ英国バラッド。「レディ・マーガレット・アンド・スウィート・ウィリアムス」など別タイトルでもしられている。リアノンたちはここでも、かなり強烈なグルーヴを意図的に取り込んでみせる。打楽器による強烈な通奏低音がドラッギーだ。

「ブラック・スワン」はイタリアで生まれアメリカに渡って成功を収めたオペラ作曲家、ジャン=カルロ・メノッティが1946年に書いた歌劇『霊媒』からの曲。後半、突如切り込んでくるフランチェスコのピアノのコード感にしびれる。

まあ、こういう言い方が適切かどうかわからないが、とにかく徹頭徹尾“真面目”な1枚。歌詞の世界観も含めて、テキトーに聞き流すことを許してくれない空気感が良くも悪くも全編を支配している。ジョー・ヘンリーの助けを借りながら米国生まれのリアノンと欧州生まれのフランチェスコがここで実践しようとしているのは、各々の自国のみならず、アフリカや中東にまで視線を広げながら多彩なルーツ音楽に幅広くアプローチし、それらもともとはきわめてアーシーであるはずの要素を観念的な次元で再構築し、新たに躍動させる作業なわけで。受け止めるこちら側もかなり“試されてる感”が半端ないのだが。

ともあれ、常に人種問題で荒れるノース・カロライナ州で生まれ、オハイオ州の音楽大学でオペラを専攻し、そのころ出会ったミンストレル・バンジョーの存在感に心を奪われてクラシックから一気に米ルーツ音楽の深みへ踏み入れ、仲間とともにカロライナ・チョコレート・ドロップスを結成し、06年にレコード・デビューを飾ったのち、Tボーン・バーネットに見初められてソロ・デビューした…というリアノンでなければ実現しえなかった力作であることは確か。音の隙間までが真摯にグルーヴしている。意識、高いです、まじ。

9月には、4曲追加した2枚組アナログ盤LPも出るみたい。ストリーミングでやり過ごしながら、そっち待ちますかね。

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