Disc Review

American Pie (2019 Paper-Sleeve Reissue) / Don McLean (Universal Music Japan)

AmericanPie

アメリカン・パイ/ドン・マクリーン

■ドン・マクリーン活動50周年記念 SHM-CD/紙ジャケット・シリーズ

今年、活動50周年を迎えるドン・マクリーンがユナイテッド・アーティスト・レコードに残した初期オリジナル・アルバム6作が日本独自に紙ジャケ再発された。うれしい。かつて日本で付けられた邦題をもとにした再発なので、なんだかカタカナ表記が妙だったりして。何もそこまで…と思ったりもしますが(笑)。でも、帯のマニアックな再現とか、その辺まで考えると、こうするしかなかったのかな、とも。

今回出たのは、まず、ペリー・コモのカヴァーで大ヒットした「アンド・アイ・ラヴ・ユー・ソー」のオリジナル版や代表曲のひとつ「キャッスル・イン・ジ・エア」の初期ヴァージョンを含むデビュー作『タペストリィー』。“リィー”ってのがすごいです。これが70年9月リリースで。キャロル・キングの同名アルバムが71年2月リリースなので、実はこちらが本家タペストリー。ただ、もともとキャピトル・レコードで初期ビーチ・ボーイズを手がけていたニック・ヴェネーらが設立したメディアーツ・レコードという小さなレーベルから出ていたもので、しかも初期プレスは逆相になっていたみたいで、全然売れず、71年3月にメディアーツの配給をユナイテッド・アーティストが吸収したあとで改めて再発されたので、こっちのほうが後発のように思えなくもなかったり…。ややこしい1枚です。

で、本格ブレイクのきっかけとなった71年10月のセカンド・アルバム『アメリカン・パイ』ももちろん出たのだけれど、こちらについては後述します。その『アメリカン・パイ』の大ヒットを受けて72年に出たサード・アルバムが、ディック・ハイマン、ウォーレン・バーンハート、ラルフ・マクドナルド、バジー・フェイトン、ニール・ラーセン、トニー・レヴィン、クリス・パーカーらが参加した『ドレイデル/ドン・マクリーンの世界』。

引き続きのフェイトン、ラーセン、レヴィンらに加えて、デヴィッド・ブロンバーグ、チャック・リーヴェル、リック・マロッタ、マイク・マイニエリらにも支えられ、カントリー、ロックンロール、ブルースなどの名曲をカヴァーしまくった73年の『プレーイン・フェイヴォリッツ』。“フェイヴォ…”って表記に少しビビる。

ジョエル・ドーンのプロデュースの下、リチャード・ティー、ヒュー・マクラッケン、デヴィッド・スピノザ、ウィリー・ウィークス、ラルフ・マクドナルらが演奏し、パースエイジョンズ、ケニー・ヴァンス、シシー・ヒューストン、ピート・シーガーらがコーラスし、さらにはふんだんにストリングス勢を迎えたりしながら、ホーボーをテーマに制作された74年のコンセプト・アルバム『ホームレス・ブラザー』。パースエイジョンズを従えた「クライング・イン・ザ・チャペル」のアカペラ・カヴァーが泣けたなぁ。

そして、76年の2枚組ライヴ盤『ソロ』。

すべて米国初回盤LPを再現した紙ジャケット仕様。帯は基本的に日本初回盤LPに付いていたものをミニチュア化。米オリジナル・アナログ・マスターからリマスターしたSHM-CDです。

■どれか1枚ということであれば、やっぱ…。

できることなら、スタジオ作5枚は全部揃えておきたいところだけれど、どれかひとつということであれば、やはりセカンド・アルバム『アメリカン・パイ』だろう。バディ・ホリーの命を奪った悲劇の飛行機事故の日の思い出をきっかけに、音楽が人々を笑顔にしていた佳き時代を切なく回想する表題曲が素晴らしい。世代によってはマドンナのカヴァー・ヴァージョンのほうがおなじみかも。8分を超える長尺曲ゆえ、シングル・カットされたときはA面B面にパート1、パート2という形で切り分けられていたっけ。日本でも72年に大ヒット。もちろん、ぼくもこの曲でドン・マクリーンという新進シンガー・ソングライターの存在を知った。

バディ・ホリー、リッチー・ヴァレンス、ビッグ・ボッパーの3アーティストの若い命を奪った飛行機墜落事故の日のことを「音楽が死んだ日」と歌う個所が特におなじみだけれど、ぼく個人としては、むしろドゥーワップ・グループ、モノトーンズによる58年の一発ヒット「ブック・オヴ・ラヴ」のタイトルを引用している個所が好きだった。

 君は『愛の書』を書いたことがあるかい?
 君は天にまします神様を敬っているかい?
 もし聖書にそう書いてあったら
 君はロックンロールを信じるかい?

ぐっとくる歌詞だった。米国のちょっといかした短編小説を読んでいるような気分にさせてもらったものだ。

さらに、この曲に続いて同アルバムからシングル・カットされた「ヴィンセント」。こちらもぼくは大好きだ。ドン・マクリーンの最高傑作曲じゃないかと思っている。2017年に書いた『50年目の「スマイル」〜ぼくはビーチ・ボーイズが大好き』という本の中でも、ぼくはこの「ヴィンセント」という曲について触れているのだけれど。

ご存じの通り、この曲はヴィンセント・ヴァン・ゴッホの有名な絵画「星月夜」をモチーフにドン・マクリーンが書き下ろしたもの。その歌詞に描かれたゴッホの心情と、60年代半ばに周囲の理解を得られないまま、しかし自らの理想とする音像を作り上げるために真摯かつぎりぎりの闘いを繰り広げていた若きブライアン・ウィルソンの思いとを、ぼくの中で勝手に重ね合わせた文章だった。

一部、まるっと引用しておこう。

ぼくはニューヨークを訪れるたび、必ずMOMA(ニューヨーク近代美術館)に行くことにしている。いつも興味深い特集が組まれているし、レストランやカフェもおいしいし、雰囲気もいいし。でも、いちばんの目的はMOMAに展示されているヴィンセント・ヴァン・ゴッホの「星月夜(The Starry Night)」を見ることだ。1889年、フランスの精神病院で療養中に描かれたという名画。ぼくも、神秘的で、幻想的で、奇妙な吸引力に満ちたこの絵が大好きだ。多くの来館者たちとともに絵の前に佇み、じっと眺めているうちに、ぼくの頭の中にはいつもドン・マクリーンの「ヴィンセント」が流れ始める。

71年、ゴッホの伝記を読んだマクリーンが、周囲の無理解にもめげることなく情熱をもって独自の芸術を追求した狂気の天才画家の生涯にインスパイアされて書き上げた名曲だ。冒頭から“Starry Starry Night…”という、まさに「星月夜」の英題を引いた言葉でスタートする。その曲のサビの歌詞がいつもぼくの胸を締め付ける。

 今ならわかる、あなたがぼくに何を伝えようとしていたのか
 正気であったがゆえあなたがどんなふうに苦しんだのか
 そうした苦しみをどう解放しようとしていたのか
 誰も耳を貸そうとしなかった、どうすればいいのか知らなかった
 でも、今ならきっと彼らも耳を傾けてくれるはず

16年のニューヨークでも、ぼくはこの歌のサビを頭に思い浮かべながらMOMAで「星月夜」を味わい、ビーコン・シアターでは、ステージ上いきいきとパフォーマンスしているブライアンを堪能した。両者のイメージが自然に重なり合った。ごくごく身勝手にではあったけれど、歳月のひとめぐりを感じたしみる夜だった。

50年目の『スマイル』〜ぼくはビーチ・ボーイズが大好き (ele-king books) より

最近、音楽以外の話題ばかりであれこれ取り沙汰されていたマクリーンだけれども。そうしたもろもろとは関係なく、いつまでも色褪せない彼の瑞々しい音楽性を再評価するのに絶好のリイシュー・シリーズだろう。

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