ユーアー・ザ・マン/マーヴィン・ゲイ
かの『ホワッツ・ゴーイン・オン』に続く新作アルバムとして1972年のリリースを目指して制作が続けられていたにもかかわらず、あえなくお蔵入りしてしまっていた幻の『ユーアー・ザ・マン』。マーヴィン本人とモータウン・レコードがお蔵入りを決めたのは、先行シングルとしてリリースされた表題曲が、全米R&Bチャートではトップ10入りしたものの、ポップ・チャートのほうでトップ40入りできなかったから…という、なんとも超厳しい理由からだったらしい。
別にそのくらいいいじゃん、と、はたから見ていると思うわけだけど。『ホワッツ・ゴーイン・オン』からシングル・カットされた表題曲と、「マーシー・マーシー・ミー」と、「インナー・シティ・ブルース」が軒並み全米R&Bチャート1位に輝き、ポップ・チャートでもトップ10ヒットを記録するなど、ある種キャリアの絶頂を極めようとしていたマーヴィ・ゲイにとって、こんなもんじゃいかん、と。そういうことだったのかも。
「ユーアー・ザ・マン」という曲は、1972年の大統領選でニクソンと争ったマクガヴァンについて歌った曲。アルバム『ホワッツ・ゴーイン・オン』の収録曲の流れを受け継ぐポリティカルな作品だったのだが、これがコケたことでマーヴィンは方向転換。「ホワッツ・ゴーイン・オン」で踏み込んだ社会的/政治的メッセージから撤退し、当時、ほぼ同時進行のような形で進めていたダイアナ・ロスとのデュエット・アルバム『ダイアナ&マーヴィン』と、映画『トラブル・マン』(“野獣戦争”なる、すごい邦題が付いていた)のサウンドトラック・アルバム制作のほうへ一気に興味を移してしまった。
というわけで、ウィリー・ハッチ、ハル・デイヴィス、パム・ソーヤー&グロリア・ジョーンズ、フレディー・ペレン&フォンス・ミゼルらと組んでデトロイトとロサンゼルスで制作していた多くの楽曲がお蔵入り。アルバム『ユーアー・ザ・マン』は幻の1枚となってしまった。まあ、それらの音源はのちにもろもろのデラックス・エディションやアンソロジー・ボックスなどに収められてCD化され、日の目を見てはいるのだけれど、今回、マーヴィン・ゲイ生誕80年、モータウン・レコード創設60周年を記念して、ついに2枚組アナログ盤LPとしてめでたく1作品にまとめられることとなった。
なので、既発ヴァージョンだらけ。さほど珍しい発掘ものというわけではないのだが、「マイ・ラスト・チャンス」「シンフォニー」「アイド・ギヴ・マイ・ライフ・フォー・ユー」の3曲は、Nas、フージーズ、エイミー・ワインハウスらとの仕事でおなじみ、サラーム・レミがコンテンポラリーな感触を持ち込みつつ新たにリミックス。さらに、1972年の未発表クリスマス・シングル「アイ・ウォント・トゥ・カム・ホーム・フォー・クリスマス」のロング・ヴァージョンなどレアなトラックも追加されている。メッセージ色濃い作品ばかりでなく、メロウでスムースなマーヴィンならではのスウィート・ソウル曲もふんだん。
ストリーミングも始まっているので、まあ、それで聞けばいいっちゃいいのだけど。収録されている17曲中15曲が初のアナログ盤化ということもあって、やっぱりフィジカル愛好世代としては、ね。2LPエディション狙いで行きたいところです。ちなみに海外では4月、日本では5月、CD化もされるとか。