ベスト・オヴ・ザ・68 カムバック・スペシャル/エルヴィス・プレスリー
ストレイ・キャッツの中心メンバーとして、あるいは自らのオーケストラを率いるバンド・リーダーとして、日本でも人気の高いロックンローラー、ブライアン・セッツァー。彼は2001年、新たに組んだバンドに“ブライアン・セッツァー'68カムバック・スペシャル”なる名を冠した。
エルヴィス・プレスリーが最後の黄金時代を築き上げるきっかけとなった伝説のテレビ特別番組『エルヴィス』。68年12月3日に米NBCネットワークを通じ全米に向けて放送され視聴率42パーセント(瞬間視聴率は空前の70パーセント)を叩き出したあの伝説の番組のことをファンは“68年カムバック・スペシャル”と呼んでいるのだが。
ブライアン・セッツァーはなんと、それを自分のバンド名にしてしまったのだった。「このバンド名はエルヴィスへのトリビュートですか?」という質問に、ブライアン・セッツァーはこう即答していた。
「すべての音楽はエルヴィスへのトリビュートだろ?」
御意。ぼくも中学生のとき、この番組に出くわして人生が変わった。日本では1年ちょっと遅れて、確か70年のお正月、昼間だった気がするのだけれど、放送になって。そのオープニング・シーン、エルヴィスの顔が大写しになって「トラブル」を歌い出すところを見ていきなりぼくはノックアウト食らった。何がなんだかよくわからなかったけれど、とにかく、やばい、この人の音楽を聞かなきゃ…という気分になったことを覚えている。
まだ家庭用のビデオなどない時代の話だけに、目に焼き付けたその映像のイメージだけを頼りに、サウンドトラックLPを買って、まじ、繰り返し繰り返し聞きまくった。50年代からの旧友ミュージシャンをバックに従えた、いわゆる“シットダウン・ショー”(アンプラグドの元祖と言われるラフなジャム・セッション)も、ブラック・レザーの上下に身を包んで、レッキング・クルーの面々をバックにロックンロールしまくる“スタンダップ・ショー”も、ロックンロールのルーツとしてのゴスペルをブルージーに歌うシークエンスも、そして番組のラスト、エルヴィスから社会に対する真摯なメッセージとして歌われた「明日への願い(If I Can Dream)」も、すべてが“深かった”。この番組をきっかけにぼくはエルヴィスの、そして米国音楽の深みに思いきりハマって抜けられなくなったのだった。そういう人、たぶん世界中にたっくさんいるのだろうと思う。
そんな68年カムバック・スペシャルのオリジナル放映から半世紀が過ぎた。50周年。それを祝して米NBCは2019年2月17日、新たな特別番組『エルヴィス・オールスター・トリビュート』を放映した。司会はコンテンポラリー・カントリー界の人気スター、ブレイク・シェルトン。ジョン・フォガティ、マック・デイヴィス、エド・シーラン、ジョン・レジェンド、ダリアス・ラッカー、ジェニファー・ロペス、キャリー・アンダーウッド、リトル・ビッグ・タウン、ショーン・メンデス、ジョシュ・グローバン、アダム・ランバードら多彩なジャンルの新旧スターが総動員され、伝説の68年カムバック・スペシャル『エルヴィス』の感動を世紀を超えて再現してみせた。
エルヴィスのオリジナル版は1時間ものだったが新番組のほうは2時間。前述した出演者たちによる新たなパフォーマンスに加えて、往年のエルヴィスのレア映像、元妻のプリシラ・プレスリーやオリジナル版の番組プロデューサーであるスティーヴ・ビンダーらへのインタビューなども盛り込まれているという。実際にまだ番組を見たわけじゃないので、仕上がりがどうだったのか、さっぱりわからないけれど、きっとすごかっこんだろうと思う。
そのオンエアに合わせる形で編まれたのが本作『ベスト・オブ・ザ・'68 カムバック・スペシャル』だ。新たに制作されたトリビュート番組の元になったエルヴィスのオリジナル・パフォーマンス群から選び抜かれた音源がコンパクトに凝縮された1枚。新番組用にリメイクされた「明日への願い」のニュー・ヴァージョンも収められており、古株のエルヴィス・ファンにも見逃せない内容に仕上がっている。基本的には大元のサウンドトラックなり、映像なりを楽しむのが基本だと思うけれど、その深みへの入口として、このアルバムを味わうのも悪くないかも、です。
ちなみに、国内盤を買うと、もれなく萩原健太さん執筆によるライナーが…(以下略、笑)