オマージュ・ア・ネスヒ〜アトランティック・ジャズ60周年コレクション
ぼくが大学生だったころだから、70年代半ば。レイ・チャールズの『ザ・ベスト・オヴ・レイ・チャールズ』ってアルバムを買った。まだぼくのレイ・チャールズ体験も浅いころで。他にもいくつかレイ・チャールズのベストを買ったりしながら、浅瀬でちゃぽちゃぽ探りを入れていた時期だった。1枚はアトランティック、もう1枚はABCの音源で構成された2枚組ベストLPとか、よく聞いていたっけ。で、そんな流れで出会ったのが『ザ・ベスト・オヴ・レイ・チャールズ』。70年にリリースされた50年代アトランティック音源によるベスト盤だ。当然歌ものだろうと思って購入し、家に帰って聞いてみたら、これがなんとインスト・アルバムで。正直、かなりびっくりした。いや、びっくりといっても、がっかり方面にびっくりしたわけじゃなくて。むしろ大いに興奮してびっくりしたのだけれど。
そこで聞かれたのは、ジャズだった。デイヴィッド・ファットヘッド・ニューマンのタンギングの強そうなサックスをフィーチャーした「ハード・タイムズ」とか、ファンキー・ジャズの名曲「ドゥードリン」とか、R&B感覚が炸裂する「ロックハウス」とか、ゴスペル色が溢れる「スウィート・シックスティーン・バーズ」とか。まじ、かっこよかった。目から鱗、だった。高校生時代からあれこれジャズを聞くようになって。ジャズ喫茶とかにも出入りしながら、とりあえず一通り、名盤と呼ばれる作品には接してきたものだが。『ザ・ベスト・オヴ・レイ・チャールズ』を聞いて感じたのは、とうとうぼくは理想のジャズに出会えた、と。そういう興奮だった。
ファンキーで、ブルージーで、ソウルフルで、ゴスペルライクで、キャッチーで。当時、ジャズの名盤としてレイ・チャールズのアルバムが語られることはほとんどなかったけれど、いやー、とんでもない。以降、そのころのぼくの大のお気に入りだったホレス・シルヴァーやキャノンボール・アダレイ、ボビー・ティモンズ、ドナルド・バードらとともに、レイ・チャールズもぼくの中で大好きな“ジャズ・アーティスト”の仲間入りをした。ベスト盤にピックアップされていた楽曲のオリジナル収録アルバムを少しずつ揃え始めて。ソウル・シンガーだけでは終わらない、レイ・チャールズの奥深い世界へとずぶずぶハマりこんでいったわけだが。
大ざっぱに言えば、そんなレイ・チャールズのジャズ作品群が体現している感触こそが、アトランティック・ジャズ全体を太く貫く魅力だとぼくは思う。だから、たとえばジョン・コルトレーンにしても、プレスティッジやインパルスの諸作とアトランティックの作品群とを比べると、どこかアトランティック盤のほうが“太い”感じがあって。まあ、ぼくの単なる思い込みかもしれないけど(笑)、なんかそんな気がするのだ。チャールズ・ミンガスにしてもそう。ローランド・カークにしてもそう。
てことで、そんなアトランティック・ジャズのごきげんな魅力をダイジェストで堪能できるのが本ボックス・セット。米ライノ・ハンドメイドが全世界限定3000セットという形でリリースした5枚組だ。1955年から76年まで、アトランティックに残されたジャズの名演から選りすぐられた61曲。アルバム・タイトルに冠された“ネスヒ”というのは、アトランティックのジャズ部門の創設者/プロデューサー、ネスヒ・アーティガンのことだ。編纂を手がけたのは自らもプロデューサーとして本ボックスの収録曲の制作に絡んだりもしているジョエル・ドーンだが、ドーンもこの仕事を最後に他界してしまった。というわけで、本ボックスはネスヒとジョエルに捧げられている。
年代順というわけではなく、5枚のディスクそれぞれにテーマが設定され、周到な曲順でアトランティック・ジャズの黄金期を追体験させてくれる仕上がり。10インチ四方、という箱の大きさもぐっとくる。リー・フリードランダーによるジャズ・ミュージシャンのポートレイト集もおまけで付いている。レイ・チャールズ、デイヴィッド・ファットヘッド・ニューマン、ハンク・クロフォード、ミルト・ジャクソン、ローランド・カーク、エディ・ハリス、ハービー・マン、レス・マッキャン、ユーゼフ・ラティーフ、ヒューバート・ローズ、レイ・ブライアント、モーズ・アリソン、オスカー・ブラウン・ジュニア、キング・カーティス、ラヴァーン・ベイカー、チャールズ・ロイド、マックス・ローチ、オーネット・コールマン、ジョン・コルトレーン、チャールズ・ミンガスなどなど、狭いジャズのジャンルにとらわれない収録アーティストの顔ぶれを眺めているだけでわくわくものだ。歌ものもそこそこ入ってます。
マニアの心をくすぐる通し番号入り。ぼくのは3000分の2597番。わりとぎりぎりの番号っすね。限定なので、興味のある方はお早めに。