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ストレイト・フロム・ザ・ハート/ビル・メドレー
ビル・メドレーの『ストレイト・フロム・ザ・ハート』。ご存じ、フィル・スペクターのプロデュースの下で「フラレた気持ち(You've Lost That Lovin' Feelin’)」の特大ヒットをかっとばしたブルー・アイド・ソウル・デュオ、ライチャス・ブラザーズの最強バリトン・シンガーによる新作アルバムです。
メドレーさん、1968年に相方のボビー・ハットフィールドと袂を分かってからはソロで着実に活動を重ねてきたけれど、今年で85歳を迎えることもあり、コンサート活動からの引退を表明して、現在、最後のツアー“ライチャス・ブラザーズ・ラヴィン・フィーリング・フェアウェル・ツアー”を去年から敢行中。
2007年にこの人が出した『ダム・ニア・ライチャス』ってアルバムも素晴らしかったっけ。ビル・ラバウンティが書いた新曲などもいい出来だったけれど、ブライアン・ウィルソンとフィル・エヴァリーを迎えてビーチ・ボーイズの「イン・マイ・ルーム」をコーラスしていたり、ボブ・ディランの「ジャスト・ライク・ア・ウーマン」とか、レイ・チャールズの「ロンリー・アヴェニュー」とか、アール・キングの「トリック・バッグ」とかをカヴァーしていたり。2007年の個人的年間ベスト10にも選んだ充実作だったなぁ…。
その後、レイ・チャールズとかサム・クックとかジェリー・バトラーとかジョニー・エイスとかオーティス・レディングとかサム&デイヴとかマディ・ウォーターズとかジェリー・リードとかB.B.キングとか、大好きなR&B〜ブルース・アーティストの持ち歌をカヴァーしまくった『ユア・ハート・トゥ・マイン:デディケイテッド・トゥ・ザ・ブルース』ってアルバムを2014年に出して。
でもって、本作へ。今回は前作で挑んだブルースとともにこの人の重要なルーツとなっているカントリー音楽に改めて対峙した1枚だ。昨年、こういうコンセプトの新作アルバムが出る! というニュースがWEB上で発表されて。いくつかの先行音源も順を追ってリリースされて。期待が大いに高まって。出るのが待ちきれなくって。ワクワクしていたのだけれど。
やっぱ素晴らしい。期待通り、極上の仕上がりだ。
プロデューサーは前作のスティーヴ・タイレルに代わってフレッド・モリン。以前、ルーマーの『ナッシュヴィル・ティアーズ』ってアルバムを本ブログで紹介したときにも紹介した人だけれど。1970年代にダン・ヒルの「ふれあい(Sometimes When We Touch)」のプロデューサーとして名を挙げて以来、あれこれ多彩なアルバムやプロジェクトを手がけてきた人。バリー・マン、ジミー・ウェッブ、クリス・クリストオファソンらの渋いセルフ・カヴァー・アルバム・シリーズとかでも絶妙な仕事ぶりを見せていた。
そんなマリンにがっちりサポートされながら、ビル・メドレーが持ち前のブルージーな歌心を全開にしながら新旧カントリーの名曲を次々カヴァーしていく。レイ・チャールズの名唱でもおなじみ、バック・オーウェンスの「クライング・タイム」をマイケル・マクドナルドと、ファーリン・ハスキーの「ゴーン」をケブ・モと、ハンク・ウィリアムスの「泣きたいほどの淋しさだ(I’m So Lonesome I Could Cry)」をショーン・コルヴィンと、それぞれデュエット。
ヴィンス・ギルの曲が「ホエネヴァー・ユー・カム・アラウンド」と「ジーズ・デイズ」、2曲取り上げられていて。後者はギル本人とのデュエットになっているのだけれど。これ、もともとはギターの名手でもあるギルさんにギター・ダビングをしてもらおうと音源データを送ったところ、ギターだけでなくコーラスとヴォーカルもダビングして送り返してきたものだとか(笑)。結果、ヴィンス・ギルのテナー・ヴォーカルがボビー・ハットフィールドの歌声と重なって、なんだか往年のライチャス・ブラザーズを想起させたりも。
その他、ガース・ブルックスの「ザ・ダンス」、ハンク・ロックリンの「プリーズ・ヘルプ・ミー、アイム・フォーリング」、ジョニー・キャッシュの名唱でもおなじみのクリス・クリストオファソンの「サンデー・モーニン・カミン・ダウン」、ドン・ウィリアムスの「レイ・ダウン・ビサイド・ミー」、ジョージ・ジョーンズの「ヒー・ストップト・ラヴィング・ハー・トゥデイ」、アン・マレーも歌っていたケニー・ロジャースの「スウィート・ミュージック・マン」、エヴァリー・ブラザーズの「レット・イット・ビー・ミー」などを取り上げていて。
どれも見事にビル・メドレーならではの“歌”に仕上がっていて。しびれる。最近はビヨンセの「YA YA」みたいなものまでカントリーらしく。なんだか音楽ジャンルも自己申告制みたいになっていて(笑)。まあ、それはそれで面白いのだけれど。メドレーさんはそれとは違って。カントリーの名曲たちに最大限の敬意を払いながらも、自分の最強ブルー・アイド・ソウル・シンガーとしてのスタイルをブレさせることなく、持ち前の雄大な歌心の下、優れたストーリーテラーとして楽曲ひとつひとつの物語をぼくたちの胸に伝えてくれるのでありました。
以前、ここでもご紹介したレイ・チャールズの伝説的カントリー・アルバムと同じ地平に生まれた名盤だと思います。泣けます。