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Disc Review

Nashville Tears: The Songs of Hugh Prestwood / Rumer (Cooking Vinyl)

ナッシュヴィル・ティアーズ/ルーマー

ノージが最近、東京03に思いっきりハマっていることもあって。それに感化されたぼくも、昨夜、彼らの最新公演『ヤな塩梅』の東京千秋楽を配信で見た。相変わらず最高。むちゃくちゃ笑った。とともに、これまたいつもの東京03公演同様、はぁ、確かにそうだよなぁ、なるほどなぁ…と、日々暮らす中でふと見逃しがちなあれこれに気づかせてもらう局面も多く。日曜の夕刻、充実した時間を過ごせました。

で、これ、ちょっとネタバレっぽい話なので、これから見逃し配信なり大阪公演なりをご覧になる方はぜひ次の段落をすっ飛ばして読んでいただきたいのですが。

【※ネタバレの可能性ありです。すみません。ご注意ください】
劇中、“売れる”ってどういうことだ? と角田さんが熱く問いかけ続ける映像セグメントがあって。名前が知られていれば売れているということなのか? 売れていても名前を知られていない人だっているぞ…みたいな流れで、確かリヤ・ケベデだったか、その辺の人の名前が持ち出されて。海外では超有名なスーパーモデルでとてつもないセレブだとしても、日本でその名を知っている人はどれほどいるんだ? そんなにいないはずだ。じゃ、彼女は売れていないのか? みたいな、ある種力尽くの展開だったような…。

まあ、細かい流れは違っているかも。昨夜のことなのに記憶はすでにぼんやりしてますが(笑)。ただ、要するに、われわれが自分たちの狭い視野の下で構築し安住している価値観なんて、ひどく主観的で、かつ曖昧なものなんだぞ、と。そういう厳然たる事実を、力尽くであれ何であれ、角田さんがきっちり突きつけてくれた、と。ぼくはそう受け止めたわけです。

ネットを介してあらゆる世界とリアルタイムにつながっている気になったりできる昨今ではありますが。他国のことは、やっぱりよく知らないよなぁ、と。そう感じる瞬間は多い。いやいや、それどころじゃないな。日本国内の出来事とか芸能人の名前とかすら知らないことも多いわけで。どんなに便利な世の中になったとて、身近なところだけで精一杯。なかなか海外にまでは手が回らない。トニー賞とかエミー賞とかの授賞式を見るたびに、うわ、俺、アメリカのエンタメ界の現在とか何も知らないんだなと呆然とさせられる。

何の話だか見えにくい前フリで申し訳ない。ここでようやく本日の主役、ルーマーさんに絡んだ話題へと移るわけですが。先月の半ば、ルーマーが久々にリリースした新作を聞きながら、そんな思いを新たにしたというか、改めて呆然とさせられたというか。そういうことです。

ヒュー・プレストウッド。知ってます? アメリカのポップ・カントリー系ソングライター。今回、ルーマーがリリースした4年ぶりの新作アルバム『ナッシュヴィル・ティアーズ』は、このテキサス生まれのソングライターの楽曲ばかりを集めた作品集なのだ。4年前、ぼくが日本盤のライナーを書かせていただいた前作『ジス・ガール〜バカラック&デヴィッド・ソングブック』もその名の通りバート・バカラック作品集だったから、ブランクを置いてとはいえ、2作連続での単独ソングライター・カヴァー集ということになる。さらに言えば、2012年の『ボーイズ・ドント・クライ』も1970年代の男性ソングライターの曲ばかり集めた1枚だったから、全編カヴァー盤としてはこれが3作目だ。

長年、アメリカの音楽を愛好してきたにもかかわらず、ぼくもこれまでヒュー・プレストウッドという名前をさほど強く意識したことはなかった。楽曲のソングライター・クレジットを見るのがわりと好きで、オンライン音楽雑誌『エリス』では“ソングライター・ファイル”なんて連載も書かせてもらっているぼくではありますが、なんとなく覚えていたプレストウッド作品は本当にごくわずか。ジュディ・コリンズのアルバム『永遠(とわ)の恋人(‎Hard Times For Lovers)」のタイトル・チューンとか、ジャッキー・デシャノンの『ユーアー・ジ・オンリー・ダンサー』に入っていた「ドロシー」とか、アン・マレーの「フィード・ジス・ファイア」とか…。その程度。

今回、ルーマーの新作がプレストウッド作品集だと言われて、びっくりして、調べて、で、初めて、あ、この曲とかこの曲とか、へー、こっちの曲も書いた人なんだ…と驚いた。ほんと、まだまだ知らないことだらけです。日々勉強です。

といっても、実はルーマーさん自身、ちょっと前まではヒュー・プレストウッドのことを何ひとつ知らなかったみたい。イギリスのシンガー・ソングライターであるルーマーだが、ここ数年は音楽業界から離れてアメリカ南部、ジョージア州メイコンに定住。出産も経験し、それまでとはまったく違う日々を送っていたという。環境の変化もあり、さらには産後鬱にも悩んでいたようで、なかなか以前のように自分で曲を書く気になれずにいたらしい。

そのころ、彼女にしきりにコンタクトをとっていたのがプロデューサーのフレッド・モリン。この人、1970年代にダン・ヒルの「ふれあい(Sometimes When We Touch)」のプロデューサーとして名を挙げて以来、あれこれ多彩なアルバムやプロジェクトを手がけてきた人で。バリー・マン、ジミー・ウェッブ、クリス・クリストオファソンらの渋いセルフ・カヴァー・アルバム・シリーズとかでも絶妙な仕事ぶりを見せていた。

そんなモリンが、じゃ、ちょっとこの人の曲聞いてみたら? と送ってきたのがヒュー・プレストウッドの「オクラホマ・ストレイ」という曲のデモ・テープだった。マイケル・ジョンソンが歌っていたプレストウッド作品で、プレストウッド自身も2005年のソロ・アルバム『ザ・フェイト・オヴ・ファイアフライズ』で取り上げていた。傷を負った野良猫と心を通い合わせる主人公の思いが綴られた悲しい物語で。この曲がルーマーの心をとらえたのだとか。

それからモリンの全面協力のもと、ルーマーは未体験だったプレストウッド作品を次から次へと聞きまくって、自分には絶対に書けない彼の世界観に胸を震わせ、プレストウッド本人にコンタクト。作品集を作らせてほしいと申し出た。新曲を共作することも含めてオファーしたようだが、誰かと共作するのが苦手だというプレストウッドの流儀を尊重して、全曲、彼の単独作品を歌った1枚が完成した。といっても、作家本人ががっちりサポートしていることもあり、誰もまだレコーディングしたことのない楽曲もここで日の目を見ていたり。充実の作品集に仕上がっている。もともとは今年の4月に出る予定で進められていたが、やはり新型コロナウイルス騒ぎで延期。8月半ばにようやく世に出た。

前述、本人のアルバム『ザ・フェイト・オヴ・ファイアフライズ』収録のタイトル・チューンや「オクラホマ・ストレイ」、そしてジュディ・コリンズの「永遠の恋人」の他、収録曲をチェックしてみると——

シェナンドーやアリソン・クラウスが取り上げていた「ゴースト・イン・ジス・ハウス」、マイケル・ジョンソンが歌っていた「ブリッスルコーン・パイン」や「ザッツ・ザット」、マーティ・レイボンの「ディープ・サマー・イン・ザ・ディープ・サウス」、コリン・レイの「ハート・フル・オヴ・レイン」、トリーシャ・イヤウッドの「ザ・ソング・リメンバーズ・ホエン」、クリーヴ・フランシスの「ヒア・ユー・アー」、ジョン・コンリーの「ラーニング・ハウ・トゥ・ラヴ」、サミー・カーショウの「ザ・スノウ・ホワイト・ロウズ・オヴ・アーリントン」、タニヤ・タッカーの「ハーフ・ザ・ムーン」、と、このあたりが既出プレストウッド作品のカヴァーだ。

2曲目に入っている「ジューン・イッツ・ゴナ・ハプン」という曲はプレストウッド本人も忘れていた曲をルーマーが掘り出したものらしい。その他、「スタークロスト・ハンガー・オヴ・ザ・ムーン」と「ネヴァー・アライヴ」という曲は、いろいろ調べたけれど素性がわからなかった。このあたりが本作のために蔵出しされた楽曲なのかも。レコーディングはナッシュヴィルのスターストラック・スタジオで。ということで、アルバム・タイトルも“ナッシュヴィルの涙”と。

とはいえ、じゃ、ばりばりカントリー系の仕上がりなのかというと、これがそうでもなくて。レコーディングされた時期に米南部に住んでいたとはいえ、もともとはイギリス本拠のルーマーさん。カナダの歌姫、アン・マレーあたりと同様、本場アメリカのカントリー・シンガーとはひと味違う個性でポップ・カントリーの世界観を再構築した感じになっている。プレストウッドの作品をルーマーの美しく端正な歌声によってていねいに、ナチュラルに編み上げたタペストリー、みたいな。

心安らぐ1枚です。

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