アンコール!/ジル・バーバー
先日、村井邦彦さんにインタビューさせていただいて。プロデューサーとか実業家としてではなく、あくまでも作曲家としての村井さんについてあれこれお話を聞いた。そのインタビューは来月出るオンライン音楽雑誌『ERIS』に掲載されるので、ご興味ある方はぜひチェックしてみてください。メールアドレスを登録すれば無料で読めますので、出たらまたお知らせしますね。
で、そのとき村井さんが、自分が理想とするミュージシャンというのは、フランスの音楽を知っていて、ジャズにも興味があって、クラシックもやってる…たとえばミシェル・ルグランみたいな人だ、というようなことを話してくださって。なるほどなー、と。
そんなお話を聞きながら、ふと自分の好みのことも振り返ってみたのでした。ぼくは確かにロックンロールをはじめとするアメリカのポップ・ミュージックのグルーヴのようなものが大好きで。英語の歌詞の響きも好きで。でも、メロディ感覚とか、コードの展開とか、そういうものに関してはもしかするとフランスのポップス、それもちょっとジャジーなシャンソンみたいなやつがかなり好きなのかも…と、ふと思ったり。
いや、まあ、正直なところぼくはシャンソンの何たるかをまったくわかってなくて。知識としてはその昔、小〜中学生だった1960年代、英米のポップス以外にもシャンソンとかカンツォーネとかラテンとか各国のヒット・ポップスがぐちゃぐちゃにランクインしていたAMラジオのヒットパレード番組を聞きながら得た程度のものだから。きっと単なる気のせいというか、大きな勘違いというか、早合点をしているだけだとは思いますが(笑)。
でも、ふとそんな気になっちゃうような、あー、シャンソンってやっぱ曲がいいよなー、的な? そんな、思いきりざっくりした気持ちで、ほんと心地よく堪能できた新作を今日はご紹介しておきます。ジル・バーバーの『アンコール!』。
ご存じ、カナダのジャジーでフォーキーなシンガー・ソングライターさん。独特のウィスパリング・ヴォイスが魅力的で。2002年にインディーズからデビュー。2008年にロン・セクスミスとの共作曲を3曲含むアルバム『チャンシズ』で話題になって。以降も着実にアルバム・リリースを重ねつつ、来日もしてくれたり、素敵な活躍を続けているわけですが。
20歳代後半、モントリオール・ジャズ・フェスティヴァルに出演したとき、ちょっと思いついて自分のレパートリーをフランス語で歌ってみたらこれが観客にも彼女自身にもかなりハマって。それからジルさん、南仏のフランス語学校に入って本格的に学び、やがてエディット・ピアフとかシャルル・アズナブールとかセルジュ・ゲンズブールとか、そういうシャンソン界の偉人たちの音楽を掘り下げるようになって。
その成果を形にしたのが2013年の『シャンソン』ってアルバム。ドゥルー・ジュレッカをプロデューサーに迎え、往年のシャンソンの名曲などをジルさん流にカヴァーした1枚だった。もちろん全部フランス語で歌われていて。これが大いに評価されたのだけれど。以降もフォーキーになったり、ポップになったり、ジャジーになったり、あるいは全編フランス語で自作曲を歌ったアルバム『アントレ・ヌー』を出したりしながら柔軟に活動を続けてきたジルさん。ここにきて11年ぶりに文字通りアンコール、『シャンソン』の続編を制作してくれた、と。そういう流れです。
といっても、今回もまた全部がフランス生まれの曲というのではなく、シャンソンあり、ケベックものあり、米国生まれのジャズ・チューンあり。オープニングからいきなり、アメリカで1920年代にベン・ライアンが作った「ハート・オヴ・マイ・ハート」に、1950年代、フランス語の歌詞が付けられてブロッサム・ディアリーとかドリー・パントンが歌っていた「プリュ・ジュ・タンブラス」でスタート。
続いて、シャルル・トレネの「メニルモンタン」、ジャンゴ・ラインハルトの「ヌアージュ」、アメリカ生まれながらフランスに移住して大成功を収めたジョセフィン・ベイカーの「ドゥ・タンザンタン」、エディット・ピアフの「パダム・パダム」、やはりシャルル・トレネが作って、やがて英語詞が付けられ「ビヨンド・ザ・シー」としてボビー・ダーリンが大ヒットさせた「ラ・メール」、セリーヌ・ディオンも歌っていたケベックもの「オルディネール」、バルバラの「生きる苦しみ(Mal De Vivre)」、ジョルジュ・ムスタキの「三月の水(Les eaux de Mars)」、愛しのレイヴェイちゃんとかクリッシー・ハインドとかも歌っている「アイ・ウィッシュ・ユー・ラヴ」の原曲「残されし恋には(Que Reste-t’il De Nos Amours?)」(これもシャルル・トレネ作)、リュシエンヌ・ボワイエの「聞かせてよ愛の言葉を(Parlez-moi d'amour)」…。いい曲だらけ。
自らヴァイオリニストでもあるドゥルー・ジュレッカがプロデュースしているだけに、弦のアレンジとかがとても素敵。フランス語がまったくわからないぼくには歌詞の世界観を噛みしめることとかできないのだけれど、それでも心が震えます。