Disc Review

Bright Future / Adrianne Lenker (4AD)

ブライト・フューチャー/エイドリアン・レンカー

フルのソロ・アルバムとしては2020年の『ソングズ/インストゥルメンタルズ』以来。ビッグ・シーフのフロントを担うエイドリン・レンカーのソロ・アルバム、出ました。待ってました。

つーか。待ってたんだけど。つい10日ほど前、突然バンドキャンプで“これは私が大切にしている曲の新しいコレクションです。どの曲も書かれた瞬間に録音されました。収益の100%はパレスチナ児童救済基金に寄付されます”というメッセージとともに『アイ・ウォウント・レット・ゴー・オヴ・ユア・ハンド』なるニューEPがリリースされて。

えっ、こっちが新作? 違うよね。アルバムのほうも、ちゃんと出るよね…? と一瞬ビビったりもしましたが。出ました。前作『ソングズ/インストゥルメンタルズ』に引き続き共同プロデュースおよびエンジニアリングはフィリップ・ワインローブ。前作はマサチューセッツ州西部の山中にある小さなキャビンにアナログな録音機材を持ち込んで、幾多のトラブルに悩まされながら、なんとか乗り越えて録音されたものだったけれど、今回は森の中にひっそりたたずむ“ダブル・インフィニティ”なるスタジオへ。そこにまたまたハーフ・インチの8トラック・マルチ・レコーダーを持ち込みレコーディング。

その後、フィリップ・ワインローブが自身のシュガー・マウンテン・スタジオに持ち帰り、シブイチというか6mmというか、要するに1/4インチのアナログ・テープにトラックダウンされた、と。今の時代、超めずらしい完全アナログ・レコーディングだ。それでいてバンドキャンプではハイレゾ音源のデジタル・リリースもされていたりして。アナログ録音の極みをデジタルでしっかりお楽しみください的な?

参加メンバーも興味深い。シンガー・ソングライターでありビッグ・シーフのコラボレーターでもあるマット・デヴィッドソン、ヴァイオリニストのジョゼフィン・ランスティーン、オルタナティヴR&Bからフリー・フォーク、サイケ・ポップまで自在に行き来するシンガー・ソングライターでありエイドリアンの旧友でもあるニック・ハキムがサポート。曲によってフィリップさんがバンジョーを弾いていたり、マットさんがヴァイオリンを弾いてみたり、楽器は気ままに持ち替えられているようだけれど、基本編成としてはエイドリアンとマットのギター、ニックのピアノ、ジョゼフィンのヴァイオリン。そこにエイドリアンの弟、ノア・レンカーらが軽くパーカッションを添える感じ。

といっても、彼らはビッグ・シーフのようにバンドとしてバックアップするのではなく、あくまでもエイドリアンの歌声を核に、それに寄り添うように、自由に、リラックスした形で音を重ねていく。複数の楽器が鳴っていても弾き語り感が半端ない。床がきしむ音もするし、歌声がマイクから離れたり近づいたりもするし、アナログ・テープならではのノイズも聞こえるし…。でも、そのすべてが歌声に寄り添う“音楽”として有機的に機能するという、なんとも奇跡的な美しさを醸し出した1枚だ。

曲によってはかなり緻密に作り込まれたものもあるけれど、そういうタイプの曲も含めて、とにかくシンプルな“すっぴん感”が魅力的。ビッグ・シーフのレパートリーでもある「ヴァンパイア・エンパイア」のカヴァーで聞くことができる、ソロ・セッションならではの新解釈も面白い。

全体として、こう、えー、どう言えばいいのか、デジタルのほうがありのままを記録できるという考え方にあえてノーを突きつけて、アナログ・レコーディングこそ、その歪みまで含めて真実なんだ…みたいな? ちょっとよくわかんないかもしれないけれど、曲のテーマなり演奏のアプローチなり、あらゆる面でそういうコンセプトを貫いた傑作という感じです。

冒頭の「リアル・ハウス」って曲とか。母親への複雑な思いが語りかけるように綴られているのだけれど。最初の2ヴァースくらい、“走ったことを覚えてる?/空気が澄み切っていた/低い枝を編んで王冠を作る/そういう愛こそがほしかった”とか“私はハミングする子供/真っ暗な空間で/星が夜の顔をつたう涙のように輝く/冷たい風の中…”とか、もやっとしたイメージを積み重ねていって、やがて“ママ、何があったの?”というフレーズがスリリングに現われてくる。

この展開の妙。言葉から言葉への連想というか、発想の飛ばし方というか。見事だと思う。言葉遊びみたいなアプローチもあって。「ドーナツ・シーム」って曲とか、このタイトル、“Donut Seam”つまり“ドーナッツの縫い目”って何だよ…と思ったら、“この世界全体が死につつある/泳ぐにはいい季節よね?/水がなくなってしまう前に”という冒頭の歌詞の2節目、“Don’t it seem like a good time for swimming…”の“Don’t it seem”から発想したダジャレなんだとか。

真面目なんだかふざけてるんだか。言ってることは彼女ならではの環境問題への言及とも思えるのに。いい感じにふわふわ弄ばれてます(笑)。ほんと、すごいストーリーテラーへと成長しつつあるんだなぁ…と感慨深く思う。

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