ソードフィッシュトロンボーンズ+レイン・ドッグズ+フランクズ・ワイルド・イヤーズ+ボーン・マシーン+ザ・ブラック・ライダー(2023年リマスター)/トム・ウェイツ
ぼくとトム・ウェイツの音楽との出会いについては、数年前、本ブログで女性アーティストばかりによるウェイツへのトリビュート・アルバム『カム・オン・アップ・トゥ・ザ・ハウス〜ウィメン・シング・ウェイツ』を取り上げた際、わりと詳細に書かせていただいたので、ぜひそちらをご参照いただきたいのだけれど。
ざっくり繰り返すと。1974年、イーグルスの「オール55」のカヴァーでその存在を知って。その年の暮れ、アサイラム・レコードからのセカンド・アルバム『ハート・オヴ・サタデイ・ナイト』を輸入盤で手にして。酔いどれビートニク詩人のやさぐれジャジー・ワールド…みたいな世界観に1970年代いっぱい、思いきりハマって。
やがて1983年、アイランド・レコードに移籍。ここからのトム・ウェイツがまたすごかった。最初はあまりのアヴァンギャルドさにぶっとんだものの、聞き続けているうちにこれはとんでもないことになっているぞ、と思い知らされて。トム・ウェイツ沼の本当の深みってやつにずぶずぶ…。
と、そんな変革期、アイランド・レコード在籍期の諸作の最新リマスター・ヴァージョンが一気にデジタル・リリースされ始めた。ラインアップは、1983年の『ソードフィッシュトロンボーンズ』、1985年の『レイン・ドッグズ』、1987年の『フランクズ・ワイルド・イヤーズ』、1992年の『ボーン・マシーン』、1993年の『ザ・ブラック・ライダー』の5作。フィジカルとしては9月に最初の3作が、10月に続く2作が、それぞれ180グラムのブラック・ヴァイナル、カラー・ヴァリアント・ヴァイナルでそれぞれリリースされる予定だとのことだけれど。とりあえず音だけはすでにサブスクのストリーミングおよびデジタル・ダウンロードで聞けます。
この時期のトム・ウェイツの変化には当時結婚したばかりだった奥さま、キャスリーン・ブレナンが大きな役割を果たしている。それまで自分の音楽以外ほとんど聞くことがなかったというウェイツだったけれど、興味深いラインアップのレコード・コレクションを揃えていたキャスリーンさんの影響で、思いきり幅が広がったのだとか。マーク・リボー、チャーリー・マッスルホワイト、ジョー・ゴア、ラリー・テイラー、レス・クレイプールら気になる人脈を従え、ジャンク・セールで手に入れた安物のマイクを使ったり、屋外で録音したり、不思議なパーカッションを導入したり、あの手この手を駆使しつつ、ハウリン・ウルフのように吼えるクルト・ワイルといったたたずまいの強力かつ多彩な音像を盤面に定着させていくようになった。
スプーキーでノイジーでハイパーでスペイシー。アイランド・レコード期のトム・ウェイツ作品群はアサイラム在籍時とはまったく別の方法論で、危険なノスタルジーを現出させ、閉塞した現実に向かって牙をむきまくっていた。
デビュー当初の、胸に深くしみる郷愁に満ちたメロディ感覚と、皮肉や諦観が魅惑的に渦巻くまるで小説のような歌詞作りのセンスをストレートに発揮しながら、もっと普通の道を歩むことだってできただろうに。岐路であえて屈折を選び取るその姿勢に震えがくる。そんな作品群の最新リマスターだ。トム・ウェイツとキャスリーン・ブレナンの監修の下、ウェイツの長年のオーディオ・エンジニア、カール・ダーフラーとクリス・ベルマンがリマスタリングを担当。9〜10月に盤が出るまで、サブスクで、あるいはハイレゾとかダウンロードして、思う存分、先行で楽しんじゃいましょう。