ムーヴィング・オン・スキッフル/ヴァン・モリソン
新型コロナをめぐる陰謀論っぽいメッセージを放って、いろいろややこしいことになっていたヴァン・モリソン。ニュー・アルバムが出ても、なんだか歌詞が微妙すぎて。もちろん何が正しいのかなんて誰にもわからないっちゃわからないものの、昔からのファンとして彼の音楽にこれからどう接していけばいいのか、ちょっと困った感じになってしまっていたわけですが。
新作、出ました。
英国/アイルランドなのでスキッフル。米国ロックンロール的に言えば、フォークというか、カントリーというか、ロカビリーというか。自身の重要なルーツに立ち返った2枚組で。エリザベス・コットン、レッドベリー、ロニー・ドネガン、レッド・ネルソン、ディッキー・ビショップ、カーター・ファミリー、ウディ・ガスリー、ジミー・ロジャース、ロイ・エイカフ、ハンク・ウィリアムス、ハンク・スノウ、ジム・リーヴス、ドン・ギブソン、ビッグ・ビル・ブルーンジー、リロイ・カー、タンパ・レッドなどのレパートリーを次々取り上げつつ、オリジナルよりもぐっとブルージーで、ジャジーで、何よりもゴスペルライクな新アレンジで躍動的に綴っていく。かつてカヴァーずみの楽曲にも別アレンジで取り組んでいたり。興味深い。
そういう意味では、まあ、誰もが未体験だった新型ウイルスもワクチンもない、世を分断する壁など存在しなかった幸福な時代に彼がのめり込んでいた音楽が詰まった作品ということで、今回はわりとややこしい思いを抱かずに接することができたというか。ああ、やっぱりこの人の歌声はすげえや、と。そこそこ素直に高揚できる仕上がりというか。ごきげんでした。よかった。ただし、とりあえず気づいた中では1曲、「ママ・ドント・アロウ」のタイトルを「ガヴ・ドント・アロウ(Gov Don't Allow)」に変えて取り上げていたりして。Gov、つまりガヴァメント、政府ね。政府が許さない、と。そういう近年の彼のメッセージが相変わらず盛り込まれた局面も…。
その曲だけでなく、他の曲でも随所で歌詞をちょいちょいいじっているようで、いろいろ巧みに現在のモリソンさんの本音が塗り込められているのかもしれない。もともとこうした往年の草の根音楽の奥底には権威に対する反骨スピリットのようなものがしっかり流れているわけで。その辺にモリソンさんのルーツ再訪の狙いがあるのかななどと思えたりもする。ちょっと微妙。
とはいえ、古典に対し、過去の遺物としてではなく、今なお現役の文化として真っ向からアプローチしている感じが痛快なのは事実で。ボブ・ディランの『奇妙な世界に(World Gone Wrong)』とか、ザ・バンドの『ムーン・ドッグ・マチネー』とか、そういう感じの1作かな。「ウォリード・マン・ブルース」をあえて“俺が乗っている列車は21両編成…”って歌詞の部分から歌い出していたり、全体にゴスペル感覚の表出には欠かせない“トレインもの”の色合いを強調している感じなのも面白い。「フレイト・トレイン」とか「ストリームライン・トレイン」とかはもちろん、「トラヴェリン・ブルース」とか「アイム・ムーヴィン・オン」とか「セイル・アウェイ・レディーズ」とか、聖なる旅、終わりなき移動のイメージが全体を貫く。
ヴァン・モリソンが6歳のころからベルファストの有名レコード店“アトランティック”に入り浸り、レッドベリーとかジェリー・ロール・モートンとかのフォークやブルースやジャズにハマり込んで以来のまっすぐな思いが炸裂していて。最終的にはそれだけで盛り上がります。ちょっと扱いづらそうな頑固者っぽいところも含め、あらゆる面でヴァン・モリソンの底力がストレートに発揮された1作ってことか。
いずれにせよ、この歌声にはやっぱりしびれますわ。