Disc Review

In the Fade / Tony Molina (Summer Shade/Run For Cover Records)

イン・ザ・フェイド/トニー・モリーナ

オーヴンズとか、ヒーラーとか、ディストロフィーとか、様々なバンド名義を使い分けながら米インディ・シーンで独自の活動を続けるベイエリアのDIY系パワー・ポッパー、トニー・モリーナ。カセット・テープ・レーベル“650テープス”の創設者としてもその筋ではおなじみかも。

そんなトニーさんの新作アルバム。これがですね。いつものこの人ならではの仕上がりなのだけれど。アルバム収録曲全14曲。にもかかわらず全長18分。2分以上の曲はなし。最短33秒。最長1分55秒。簡潔にも程がある(笑)。

でも、なんかいいのだ。ギター・リフはシンプルで親しみやすいし、メロディは胸キュン系だし、サビもキャッチーだし。要素としては完璧なパワー・ポップのイディオムを全うしている。ちゃんとAメロ、Bメロ、サビを構成して、間奏挟みつつ、うまく繰り返していけば普通に3分半くらいのコンパクトなパワー・ポップ・チューンができあがりそうなのに。

でも、トニーさんはそんなことしない。必要な要素を必要最低限の分量で並べるのみ。イントロがあって、Aメロがあって、サビがあって、間奏があって。もうそれで十分という感じでどんどん曲が始まって、終わって、始まって、終わって。で、18分。アルバムが幕を閉じる。すげえ。

2009年に50本だけ自主制作されたカセット『エムバラシング・タイムズ』以降、2013年の7インチEP『シックス・トラックスE.P.』も、2014年の『ディスト・アンド・ディスミスト』も、2016年のEP『コンフロント・ザ・トゥルース』も、2017年のカセット『ウェスト・ベイ・グリース』も、2018年の『キル・ザ・ライツ』も、2021年の『スモーキング・ルーム』も基本的にはずっとそんなツクリになっていたっけ。

で、聞くこちら側も、この感じがだんだんクセになってくるというか。これでいいじゃん的な?(笑) 別に無駄に曲を長くする必要もないしね。3分ないからといって、それがどうした、濃縮具合がたまらんぞ、と。ジャングリーなギター・ポップ・チューンあり、ぐっと繊細なフォーク・ロック調あり、バロック・ポップ系あり、インディ・ポップものあり。曲によってはオーヴンズ時代に回帰して掘り起こしたものも。

導入の「Aye Aye My My (Into the Fade)」からして、曲調はともあれ、タイトルはニール・ヤングの「Hey Hey, My My (Into the Black)」のもじり? 以降、ビートルズ、ラズベリーズ、ムーヴ、ベル・アンド・セバスチャン、ティーンエイジ・ファンクラブ、フレイミング・リップス、メルヴィンズ、マフス、ファストバックズなど、時代を自由に行き来しながらのポップ三昧。トニー・モリーナの職人気質がいい形で発揮された1枚に仕上がっている。

ちなみに、ラストを締めくくる1曲はなんとブラック・サバスの「フラッフ」のカヴァーだ。しっとりしたアコースティック・ギター・インスト。サバスのカヴァーで締める、このチョイスもなんだかトニー・モリーナっぽい。

パンデミックの期間、スタジオでの作業を始めたり、中止したり、また始めたり。ずいぶんと大変ではあったようだけれど、そのぶん仕事がていねいになっているかも。過去どの作品よりもアレンジのクオリティは高くなった気がする。素晴らしい。

でも、まあ、とにかくものすごく短いのだけれど、ね。近ごろハヤリの時短志向の方にはぴったりかも(笑)。今のところサブスクのストリーミングあるいはデジタル・ダウンロードの他、ヴァイナルのみのリリースみたい。CD、まだ見かけてないです。望むところ。LPでゲットだ!

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