ルック:ジ・アンノウン・ストーリー・オヴ・ダニエル・デュボワ/ジョン・ハワード
以前、こちらでも紹介した英国のシンガー・ソングライター、ジョン・ハワードの新作は、なんともファンタジカルな物語を託したコンセプト・アルバムだった。
主人公のダニエル・デュボワは架空のトランスジェンダー。去年の暮れに86歳で亡くなった、英国のトランスジェンダー先駆者にして、活動家/作家/俳優/モデル、エイプリル・アシュリーの人生にインスパイアされてジョン・ハワードが作り上げたキャラクターなのだとか。エイプリルとジョンは1976年に出会って以来、長年の友だったそうだ。
かつて1960年代にはダニエル・ウッド(Daniel Wood)と名乗っていた英国のポップ・スター。が、やがて本当の自分の在り方を見出し、フランスのパリへと移り住んでダニエル・デュボワ(Danielle Du Bois)として新たな人生へ。カタカナで書くと一緒になっちゃうけど、つまり、DanielからDanielleへ、英国からフランスへ、彼から彼女へ、ということ。アルバム・ジャケットに描かれている、こっちとあっち、ね。で、ブリジット・バルドー、ピエール・カルダン、セルジュ・ゲンズブール、ミシャル・ルグランらと社交界で交際するセレブリティになっていく…という設定だ。
まあ、ぼくも今のところサブスクで聞いている状態なので、歌詞が手元になし。ぼくごときのぼんやりした英語力では細かいところまでストーリーを追い切れてはいないのだけれど。
ジョン・ハワード自身も常に抱え込んできたジェンダー・アイデンティティの問題とか、世代間のギャップとか、スターダムの儚さとか、様々な視点を盛り込みながら紡ぎ上げられた物語らしく。そうした中で、自分らしく生きることの大切さとむずかしさが描かれていく、みたいな? たぶん(笑)。違うかもしれないけど。今んとこそんな1枚だと思って楽しんでます。
物語は子供の声で無垢に歌い始められる「ラスト・ナイト・ヒー・ウォウク・アップ・スクリーミング」で幕開け。まずは夢の世界? ウェディング・ドレス姿の自身のイメージ? やがて目覚めが訪れ、コーラスやストリングスを見事に操った深く豊かなアンサンブルの下、主人公ダニエルの幼少期の記憶、トラウマ、ジレンマ、それに対する父の思い、母の思いなどが交錯しながら綴られていく。美しさと生々しさが繊細に交錯するオープニングだ。
2曲目の浮遊感に満ちたワルツ「エヴリデイ・ア・ニュー・アドヴェンチャー」。これが1960年にダニエルが放った大ヒット曲という設定で。この曲をきっかけに若くして成功を収めたダニエルが、名声の絶頂の中、自伝映画制作のミーティングのため自家用ジェットで米ハリウッドに向かう途上、ルートを変更し仏パリに降り立ち姿をくらましてしまう様子が次曲「グッド・デイ・ダニエル」で描かれる。
そして、タイトル・チューンとも言うべき「ザ・ミラー(ルック!)」で、英ダニエルがパリに移住し仏ダニエルとなり、アイデンティティーの転換というか、変換というか、転生というか、そうした新たなフェーズに入ったことが優しげなピアノと荘厳なコーラスを伴って告げらて。続く「ホエア・ディッド・ザ・ボーイ・ゴー?」で、ダニエル・ウッド突然の失踪とか、子供時代の喪失とか、そういったもろもろがジョン・ハワードらしい胸しめつけるポップ・メロディに乗せて歌われて。「ヒア・アイ・アム・イン・パリス」では新天地で新たな個性、新たなジェンダーの人間として社交界をリードする存在へとなっていく様子が描かれて…。
以降、時にはマスコミから追われたりもしながら、LGBTQコミュニティの象徴となったダニエルが、少年時代の傷みに満ちた自身の過去と改めて対峙しつつ、やがて人生最後の日を迎えるまで。そんな流れが、けっして暗く、ダウナーな感触に陥ることなく、軽やかに、穏やかに、淡々と、どこかノスタルジックに、ドリーミーに、優しく綴られていく。
エンディング直前の「16(ウー!ウー!)」って曲では、少年ダニエルが夢見ていた、けっして実在はしなかった“少女時代”のダニエルの記憶のようなものがわくわく躍動的に描かれたりしていて。なんか、もう、ミュージカルみたいだなと思って楽しんでいたら、実際、ミュージカル化の動きもあるらしい。英ウエストエンドでの公演を目指して一流プロデューサー陣との話し合いが進んでいるとのこと。
ソングライターとして、ストーリーテラーとして、ジョン・ハワードの魅力が存分に発揮された1作という感じ。歌詞、ちゃんと読みたい。タワーのオンラインショップで注文したんだけど、お取り寄せ2週間、みたいな感じで。きっと歌詞はついているだろうと思うものの、だとしても読めるのは少し先だなぁ…。いろいろあやふやな紹介ですんません(笑)。