ザ・グラヴ・シーフ(デラックス・エディション)/カーリー・ブラックマン
アイルランド生まれのフランス育ち、というシンガー・ソングライター、カーリー・ブラックマン。2008年だか2009年だかにファースト・アルバム『ザ・グラヴ・シーフ』を、2017年だか2018年にセカンド『ジャーニー・トゥ・ジ・エンド・オヴ・ザ・ウェイヴズ』を、さらにその間もたくさんのEPなどをリリースして、フランスのローカル・シーンではそれなりの評判をとっているようだ。
“ようだ…”ってところが情けないけど(笑)。ぼくはこの人、存在すら知らなくて。今回初めて聞いた。なんでも、フォーク、ポップ、エレクトロニカなど、多彩なジャンルのアーティストと積極的にコラボしたりもしている人らしく。ぼくはその筋に、しかもフランスとなると、てんで疎いもんですっかりノーマークだったのだけれど、フランスの人気エレクトロ・ポップ男女デュオ、ヴェンチャー・パラダイスのメンバーでもある、と。
なので、知っている方はもうよく知っている人なのかな。調べてみたら、バンドキャンプでもアルバムを発表してきたみたいだし。まあ、YouTubeとかチェックすると、数年前に公開された動画の再生回数、どれもまだ3桁みたいな感じなので、それほど知名度は高くないのかもしれないけど。いずれにせよ、前述した通りぼくは今回が初聞き。でもって、10年以上遅ればせながらけっこう興味を持ちました。
なんとも魅力的なウィスパリング・ヴォイスでふわっと浮遊感に満ちた曲を届けてくれる個性で。繊細な歌詞にしても、キャッチーなメロディ感覚にしても、フレンチ訛りの英語にしても、もろもろがいい案配に絡まり合う、気になる存在です。
そんな彼女がいよいよ本格的なワールドワイド・デビューへ。ということで、まずはファーストのほう、『ザ・グラヴ・シーフ』に新曲6曲を加えた本デラックス・エディションがデジタル・リリースされました。LPも出ているみたいな記述がちらほらあるのだけれど、ぼくはまだ発見できずじまい。ちなみに、『ジャーニー・トゥ…』のほうも4月にワールドワイド・リリースが実現するらしい。そのうちフィジカルも日本で買えるようになるかな。楽しみだ。
5歳のころからピアノで作曲していたというから、かなりの早熟天才少女。ティーンエイジャーになったころからは父親のクラシック・ギターを弾くようになった。パリで演劇と文学を専攻するかたわら、父親のMDレコーダーを使ってライヴ・デモを録音したり、ジャズ理論を学んだり、ヴォーカルのインプロヴィゼーションをトレーニングしたり。
今回のアルバム・ジャケットにも“カーリー・シングズ”という表記があって。これはアルバム・タイトルではなく、当初のアーティスト名だとか。大好きなアルバム『チェット・ベイカー・シングズ』にあやかって、自らそう名乗っていたという。おしゃれなような、ちょっと変人なような。まあ、現在は普通に本名のカーリー・ブラックマン名義を使っているようだけど。
一時期、ダブリンに戻って、ジャズ・ピアノを習ったり、オランダのソプラノ歌手、ジュディス・モックに師事したり。幅広い音楽性に磨きをかける日々。オープン・マイク・ナイトにも頻繁に顔を出していた。で、そんな彼女にアイルランドのオルタナ・ロック・バンド、コーダラインのベーシスト、ジェイソン・ボランドが注目。彼のスタジオで本格的なデモ・レコーディングをしないか、と提案してきた。
こうしてフランス、アイルランド、両国からプロデューサーを迎えつつ制作されたデモ・トラックを下敷きに編み上げられたのが、本作の元になった『ザ・グラヴ・シーフ』だ。サンシャイン・ポップふうあり、ボサノヴァふうあり、フォーキーものあり、チェンバー・ポップふうあり、ベッドルーム・ポップあり…。全体的に静謐かつ真摯なイメージ。なにやら真面目すぎる印象もなくはないけれど、聞けば聞くほどハマっていく感じ。『ジャーニー・トゥ…』のほうはぐっとエレクトロ・ポップっぽい仕上がりになっているのに対し、こちらは簡素なアコースティック風味で。そこも素敵。
カーリーさん、アイルランドの音楽番組で自作のミュージック・ビデオを放映して成功を収めた後、映画監督、脚本家、作曲家、撮影監督としても活躍。ポップ・カルチャーと文学を扱うフェミニスト・ジャーナル『Verity』を創刊したりもしているのだとか。多才なおねーさまですなぁ。