L.A.ウーマン:50周年記念デラックス・エディション/ザ・ドアーズ
以前、ベーシストのジェリー・シェフがTCBバンドの一員として来日した際、インタビューする光栄にあずかって。いろいろ興味深いお話をうかがった。
ピーター・セテラの後釜としてシカゴに途中加入し、長いことがんばってきたジェイソン・シェフのお父さんとしてもおなじみであろうジェリーさん。ご存じの通り、1960年代からずっと米西海岸のレコーディング・セッション・シーンで大活躍してきた名手だ。アソシエーション、モンキーズ、トミー・ロウ、ホーリー・マッケレル、ナンシー・シナトラ、ディレイニー&ボニー、ジョニー・リヴァースなど、無数のアーティストをバックアップしてきた。
もちろん、もっとも有名な仕事は1969年以降手がけてきたエルヴィス・プレスリーのバック・バンドでの演奏なわけだけれど。インタビューの際、“エルヴィスとの仕事以外でいちばん印象に残ってるセッションは?”と訊ねたところ、ジェリーさん、「ドアーズの『L.A.ウーマン』だね」と、即答していたっけ。
「ロックンロールのレコーディングはこうあるべきという感じのセッションだったよ。スタジオを使わず、サンタモニカ通りのオフィスで録音したんだ。ビールがたっぷり入った冷蔵庫やピンボール・マシンに囲まれた部屋で、2階に機材を置いて1階で演奏。6週間で録音した。アルバムが完成した直後にドアーズのメンバーにならないかと誘われたけど、ジム・モリソンがそのあとすぐパリに行ってしまったために、結局正式なメンバーにはならなかった。ツアーには行ったけどね…」
ご存じの通り、ドアーズはベースレス編成のバンド。曲によって鍵盤担当のレイ・マンザレクがキーボード・ベースで低音部を手がけたり、セッション・ベーシストを招いて演奏してもらったり、ベースの座が常に流動的なまま活動が続いていたのだけれど。
この『L.A.ウーマン』だけはジェリー・シェフが全編にわたってがっちりバックアップ。さらに4曲にはマーク・ベノがサイド・ギターで加わって。ギター×2、キーボード、ベース、ドラムという、ある種理想的な5人編成。おかげで従来よりタイトなバンド・サウンドを実現できた1枚だった。プロデュースがポール・ロスチャイルドからエンジニアをつとめていたブルース・ボトニックに代わったことも大きかったか、音もぐっと太く、断然かっこよくなって。このまま次のアルバムが制作されれば、きっとさらなるドアーズの進化を期待できそうな仕上がりだった。
オープニングを飾っていた「ザ・チェンジリング」とか、ぐいぐいドライヴするベースラインを活かしたタイトかつソウルフルなナンバーで。ごきげん。キャッチーな「ラヴ・ハー・マッドリー」、シアトリカルな「ラメリカ」など、ドアーズらしい柔軟で幅広い表現が存分に楽しめた。ショパンの「ポロネーズ」の引用も盛り込まれた「ヒヤシンス・ハウス」など、ちょっとした新境地も。
と同時に、前作『モリソン・ホテル』でのルーツ回帰的な方向性もより深まった。ジョン・リー・フッカー作品のカヴァー「クローリング・キング・スネーク」を含めブルース色を強めた曲も一気に増えた。そうしたルーツへの回帰と、先述した、いかにもドアーズらしい表現と、新境地と。つまり、過去と現在と未来。それぞれを象徴する要素が絶妙のバランスで共存する意欲作だった。
といっても、ぼくの場合、この『L.A.ウーマン』というアルバムをちゃんと買ったのはオリジナルLPが出た1971年4月から少々遅れて、確かその年の夏過ぎだったと思う。アルバム完成後、フランスのパリへと渡ったジム・モリソンが、同年7月、ドラッグのオーヴァードーズによる心臓発作のため当地で他界したしたという訃報が届いて驚いたあと、慌てて手に入れた覚えがある。
なのでこのアルバム、個人的にはちょっと暗い気分に覆われた感じで存在しているというか。不思議な1枚ではある。でもそのぶん、もしかしたらぼくにとっていちばん深いところに染み込んだ1枚とも言えて。思い入れは強いです。
と、そんな、ジム・モリソン在籍時、最後のドアーズ作品となってしまった1971年の『L.A.ウーマン』。発売50周年を寿ぐボックス・セット、出ました。これとかこれに続く50周年もの。デビュー・アルバムから順に出続けてきて、いよいよジム・モリソンの遺作までたどり着いた、と。
3CD+1LPという構成。まず、CD1にオリジナル・アルバムの収録曲全10曲の最新リマスター音源および2曲のボーナス・トラック(「ヒヤシンス・ハウス」のデモと、「ライダーズ・オン・ザ・ストーム」のサンセット・スタジオ・デモ!)を収めて。
CD2とCD3にセッションからのアウトテイクやら別テイクやら未発表音源がたっぷり2時間以上。やばい。スタジオ・トークもふんだん。試行錯誤の中、曲がどう発展し、最終的なアレンジがどう固まっていったか、その過程を生々しくのぞき見ることができる。噂の「ミスター・モジョ・ライジン」がいかにして「L.A.ウーマン」へと発展していったかも楽しめるし、マーク・ベノのギターもけっこう堪能できるし、ジム・モリソンのたぶんアドリブ的に湧き出る言葉の渦みたいなやつも味わえるし。B.B.キングの「ロック・ミー・ベイビー」、ビッグ・ジョー・ウィリアムスの「ベイビー・プリーズ・ドント・ゴー」、リー・ドーシーの「ゲット・アウト・オヴ・マイ・ライフ・ウーマン」、さらにほんの一瞬ではあるけれどジュニア・パーカーの「ミステリー・トレイン」など、ブルース・ナンバーもいろいろ演奏されていて興味深いし…。
で、LPはオリジナル・アルバムの最新リマスター版。180g重量盤です。今日の早朝というか、深夜0時にストリーミング解禁されたばかりなので、まだブツが手元に届いておらず当然アナログ盤は聞けてません。他の音源もサブスクで全体をざっと1回流して聞いただけ。が、それでもすでにあれこれ発見も多し。盛り上がる。
ただ、このアルバム、40周年のときiTunes、Spotify、Amazon、それぞれ別のボーナス入りで配信されたりしていて、ずいぶんとややこしいことになっていたから、今回、その辺うまいこと処理したコンプリート版っぽい構成を期待していたのだけれど、それはかなわず。これまでのドアーズの50周年もの同様、今回も以前の再発エディションを処分するわけにはいかないぞ、と。ああ…。