ワイルズ/アンディ・シャウフ
アンディ・シャウフの新作がデジタル・リリースされた。去年、こちらで紹介した傑作アルバム『ザ・ネオン・スカイライン』の続編というか、スピンオフというか、アナザー・ストーリーというか、そういうアルバムで。引き続き、じわじわ素晴らしい仕上がり。アンディ・シャウフというシンガー・ソングライターがただ者じゃないことを今回もまた思い知らせてくれた。
前作は、“ネオン・スカイライン”という名前のバーで友人たちと過ごす一夜の物語を綴ったコンセプト・アルバムだった。で、それを制作するにあたり、シャウフはおよそ50曲を録音したのだとか。その中から選び抜かれた11曲であのアルバムは構成されていたわけだけれど。
その50曲の中には、まったく別の視点で描かれた楽曲も含まれていた。というのも、実はシャウフ、『ザ・ネオン・スカイライン』の物語を編み上げている途上、バーでの一夜を描くという自ら立てたコンセプトに疑念を抱いた時期もあったようで。そんな迷いの下、違う視点をアルバムに持ち込むべく、ジュディというひとりの女性をメインの登場人物に据えた別の物語を構築してみたらしい。
最終的にシャウフは元のコンセプトに立ち返って『ザ・ネオン・スカイライン』を完成に導いたわけだけれど。そんな迷いの時期に、しかし緻密に、慎重に描かれた9曲を収めたのが本作『ワイルズ』というわけだ。
どの曲も2018年の3月5月にかけてシャウフが書き、アレンジし、トロントのスタジオですべての楽器を自ら演奏し、シンプルな機材で、まるでスケッチするようにレコーディングし…。思いきりローファイなアプローチで制作された1枚だ。が、それゆえにシャウフのすぐれたソングライティングの力とか、ストーリーテラーとしての深みとかがありのまま、いきいき伝わってくる。
宝くじを毎週買って、あたり番号が発表になるまでバーで飲んで、目を細めて番号を確かめて、来週こそ…と言葉を交わすジュディと主人公の様子を、淡々とブルージーなグルーヴに乗せて描いた「ジュディ」でアルバムは幕開け。
トロピカルなような、エキゾチックなような、うねうねしたコード進行を繰り出すナイロン弦ギターとクラリネットらしき響きに導かれながら、リゾート地のビーチならではのふわふわ浮ついたムードと、スペイン語と英語という言葉の壁の下、相手にプロポーズしようと夢想する主人公を描きながら奇妙なコミュニケーション・ブレイクダウンの兆しを綴る「スパニッシュ・オン・ザ・ビーチ」が続く。主人公がプロポーズしようとしている相手がジュディなのかな…。
さらに、まあ、ぼくの英語力では今いちよく理解できていないのだけれど、通りを横断するときに下を向いていたため、たぶん車にはねられたか何かで、気づいたら病院のベッドにいて、そこで車を運転しているジュディの夢を見た、みたいなことが歌われる先行シングル「ジェイウォーカー」があって。なんとも魅力的なストーリーが次々と紡がれながら、やがてラスト、まだ思いは残っているものの、ジュディと主人公に穏やかな別れが訪れて…みたいなエンディングへ。
『ザ・ネオン・スカイライン』と“対”になったアルバムだけに、前作と併せて聞くのが最善なのだろうけれど、本作は本作単独でも十分に魅力的な仕上がりだ。
フィジカルがリリースされるのは10月下旬か11月アタマのことになるみたい。ただ、冒頭でも書いた通り、9月24日にApple MusicやSpotifyでのストリーミングもbandcampでのデジタル・アルバム・ダウンロードもスタート。ぼくはとりあえずbandcampでロスレス音源をゲットしたけれど、国内盤CDには1曲ボーナス・トラックも追加されるみたいなので、それ待ちながら、まずはサブスクのストリーミングで楽しむ…ってのがよろしいか、と。オフィシャルWEBストアにはカラー・ヴァイナル2種も…!