キング・コールを歌う(デラックス・エディション)/ジョージ・ベンソン
木曜日なので、スロウバック・サーズデイっぽく昔話しちゃいますが。
1977年だったか。アルバム『イン・フライト』が出た直後ぐらいだったと思うけれど。ジョージ・ベンソンが来日して。そのとき、ぼくは神奈川県民ホールで見た。彼の来日は確かこれが3度目で。ただ、前2回はCTIオールスターズの一員として来日だったから、この1977年が初の単独来日ツアー。特大ヒット・アルバム『ブリージン』の翌年ということもあり、大いに盛り上がったなー。堪能した。
開演して。キーボードのロニー・フォスターとホルヘ・ダルト、ベースのスタンリー・バンクス(脚でタンバリンを、しかも16ビートで鳴らすテクニックにも驚かされたっけ)らバック・バンドのメンバーがステージに板付いて。ちょっと遅れてベンソンが出てきてギターをセッティング。まだ曲に入る前、音をチェックするために軽く、ほんとに軽く、ぴゃらぴゃら…っとワン・フレーズ、指ならしのような感じでギターを弾いたその瞬間、会場を埋め尽くした満員の観客全員が息をのんだ。息をのんで、一瞬にして場内が静まりかえった。
一気に静寂が訪れる音…というのは、なんだか矛盾した表現のようだけれど、まさにそんな感じ。そんな音が聞こえた気がした。忘れられない。超絶テクってのはこれなんだな、と。ほんの指ならしの超短いワン・フレーズで思い知った。すげえギタリスト。なので、もうそれだけでOKっちゃOKなのに。ヴォーカルもね。これまたうまくて。素晴らしい。
その来日公演でも、すでに大ヒット中だった「マスカレード」など歌ものも何曲か披露された。ご存じの通りベンソンは歌うときギターを弾くのをやめて、ギターを抱えたまま、しかし両手をギターから放して三波春夫っぽく大きく拡げて、気持ちよさそうに歌唱する。ギター・ソロとスキャットをユニゾらせたり、ハモったりするときはもちろんギターを弾きながら歌うのだけれど、がっつり歌うときは基本的にその三波春夫スタイル。その様子がなんだかものすごくエンターテイナー然としていて、感服したものだ。この人はジャズという音楽をけっして小難しいものとしてではなく、あくまでもポピュラー・カルチャーとして、芸能としてとらえながらパフォーマンスしているのだなという思いが伝わってきて、痛快だった。
と、そんな、“シンガー/ヴォーカリスト”としてのジョージ・ベンソンのルーツ表明とも言うべきアルバムが、2013年に出た『キング・コールを歌う(Inspiration: A Tribute to Nat King Cole)』で。タイトル通り、偉大なナット・キング・コールのレパートリーを歌いまくった1枚。ジャケット見てクリス・ハートかと思った人、少なくないはず(笑)。
8歳のジョージ・ベンソン少年が幼き歌声でかわいく歌うレアな「モナリザ」のスニペットも含め、全13トラックを収めた盤が基本で。その他、ボーナス・トラック1曲追加の日本盤CDとか、6曲追加のQVCエディションとか、いろいろなフォーマットでリリースされたのだけれど。その中にボーナス2曲追加の“ベスト・バイ・エクスクルーシヴ・エディション”というやつもあって。これ、その名の通り、米国の大手家電量販チェーン“ベスト・バイ”でのみ買えるデラックス・エディション。
その2曲追加全15曲入りのデラックス・エディション仕様が先日、2021年7月9日、晴れてサブスクのストリーミング入りした。めでたい。ということで、今回改めて本ブログでも取り上げることにしました。
このアルバムの次にリリースされたベンソンのスタジオ・アルバムは2019年に出た『ウォーキング・トゥ・ニューオーリンズ』で。そこではチャック・ベリーやファッツ・ドミノのレパートリーを取り上げて、自身のギター・プレイにも大きな影響を与えたロックンロール/R&Bルーツを表明していたわけだけれど。
それに対して、こちらはヴォーカルのルーツ。もちろんちょこちょこ随所に超絶ギター・ソロも盛り込まれてはいるのだけれど、基本はヘンリー・マンシーニ・インスティチュート管弦楽団による壮麗なストリングス・アンサンブルや、スウィンギーなビッグ・バンド・サウンド、そしてゴージャスなコーラス・ハーモニーなどを大胆に取り入れつつ、両手拡げて思いきり気持ちよくキメた歌ものアルバムだ。かつて名匠ネルソン・リドルがキング・コールに提供したオリジナル・アレンジにも大いに敬意を払っている感じがあって、そこもまた素晴らしい。
ナット・キング・コールの何たるかについては、以前、『ヒッティン・ザ・ランプ〜ジ・アーリー・イヤーズ1936-1943』という初期名演集を本ブログで取り上げたとき、あれこれ書かせていただいたので、ぜひそちらを参照していただきたいのですが。キング・コールもジョージ・ベンソン同様、もともとはピアニストとして楽器演奏を基本に世に出て、やがてヴォーカリストとして人気を博したという歩みをたどった大先輩。そういうキャリアも含めて自分に大きなインスピレーションを与えてくれた存在である、と。そんなベンソンの思いのこもったアルバム・タイトルらしい。
ゲスト参加のウィントン・マルサリス、ティル・ブレナー、シーラ・E、イディナ・メンゼル、ジュディス・ヒルらも好演。聞くわれわれも両手拡げてベンソンのキング・コール愛を真っ向から受け止めましょう。