ブギー・シューズ:ライヴ・オン・ビール・ストリート/アレックス・チルトン&ハイ・リズム・セクション
アレックス・チルトンが生前、1999年に米テネシー州メンフィスのニュー・デイジー・シアターで伝説のハイ・レコードのリズム・セクションと夢の共演を果たした際の未発表ライヴ音源が発掘リリースされた。R&B、ロックンロール、ブルースのカヴァーで埋め尽くされたごきげんなコンサートの模様。オフィシャルな形で聞くことができるようになって。もう、最高です。
アル・グリーン、アン・ピーブルズ、シル・ジョンソン、オーティス・クレイなどメンフィスを代表するハイR&Bアーティストたちのバックアップを担った名手たちと、同じくメンフィスを代表するブルー・アイド・ソウル〜パワー・ポップの代表選手であるアレックス・チルトン(ボックス・トップス〜ビッグ・スター)との共演。このライヴのきっかけを作ったのは、メンフィスに根ざしつつレコード会社を経営したり音楽関連のドキュメンタリーを制作したり、原稿を執筆したり、幅広い形で音楽ビジネスに関わってきた地元の名士、デヴィッド・レスだ。
1999年、やはりメンフィスに根ざす偉大なサックス・プレイヤーであり、1970年代から続くメンフィスの有名な音楽フェス“ビール・ストリート・ミュージック・フェスティヴァル”の創設者のひとりでもあるフレッド・フォードが癌に冒されたことを表明。その報を聞いたレスは、多額にのぼるであろうフォードの治療費を捻出するため、“フレッドストック”というベネフィット・コンサートを企画した。
ルーファス&カーラ・トーマス父娘から、シドニー・カーク、エマーソン・エイブル、チャーリー・ウッドらフレッド・フォードの旧友たち、さらにはルセロのようなロック・バンドまで、幅広い顔ぶれが勢揃い。さらにレスは、当時活発なライヴ活動から身を引き、ニュー・オーリンズで購入した古風な邸宅に引きこもりがちになっていたアレックス・チルトンにも声をかけた。チルトンは“今、メンフィスに連れていけるバック・バンドがいないから…”と出演を渋ったらしい。が、そんなチルトンにレスは“だったらハイ・レコードのリズム・セクションと共演したらどうだ”と提言。チルトンもこのアイデアに刺激され、めでたく出演が決定。当夜のハイライトとして夢の共演が実現。地元の偉大な音楽家の復活を願い、ノー・ギャラで熱演を繰り広げたのだとか。
当夜のハイ・リズム・セクションの顔ぶれは、メイボン“ティーニー”ホッジズ(ギター)、リロイ“フリック”ホッジズ(ベース)、チャールズ・ホッジズ(オルガン)、アーチー“ハビー”ターナー(キーボード)、ハワード・グライムズ(ドラム)。この屈強のリズム・セクションに3管ホーン・セクションが加わる。
セットリストはチルトンのファースト・ソロ・アルバム『ライク・フライズ・オン・シャーバート』のUK盤(1980年)にも収められていたKC&ザ・サンシャイン・バンドのカヴァー「ブギー・シューズ」でスタート。これはちょっと変化球的選曲ではあるけれど、以降はもうR&B、ロックンロール、ブルースのど真ん中ナンバーがずらり。ジャッキー・ムーアの「プレシャス・プレシャス」、ウィルソン・ピケットの「634-5789」、ウィルバート・ハリソンの「カンサス・シティ」、リトル・リチャードの「ルシール」、ジェリー・リードの「ビッグ・ボス・マン」、スプリームスの「愛はどこへ行ったの(Where Did Our Love Go)」、チャック・ベリーの「メイベリーン」、ファッツ・ドミノの「ハロー・ジョセフィーヌ」、オーティス・クレイの「トライング・トゥ・リヴ・マイ・ライフ・ウィズアウト・ユー」。
チルトンとハイ・セクションはこのときほぼ初顔合わせだったらしい。チルトンがちゃんと共演したことがあったのはホーン・プレイヤーたちくらいで。しかも前述の通り、チルトンは当時ニュー・オーリンズ在住。なかなか事前に時間もとれずリハーサルはしなかったそうだ。本作を聞いてみると、MCで次の曲名を言って、時にはキーを指定して、演奏スタートみたいな。たぶん譜面だけは用意されていたようだが、時にはリピートの回数を間違えたり、コードがあやふやになったり。けっこうデコボコしたパフォーマンスではある。けれども、さすがはR&B〜ロックンロールを知り抜く強者どうし。即席セッションとは思えぬ充実の空気感がたまらない。
フレッド・フォードは容態が悪化していたため、コンサートを見ることができなかったという。デヴィッド・レスはせめて音だけでもフォードに聞いてもらいたいと思い、当夜の模様をライヴ・レコーディングして闘病中のフォードに届けた。結果的に、フォードは回復できず、たぶん音を耳にすることもなく、コンサートの数週間後、他界したのだけれど。そのときの録音が、今、こうして世に出ることとなったわけだ。輸入盤、あまりたくさん入荷していないのか、在庫切れになっているところが多いようだけれど、今月末に日本配給盤(Amazon / Tower)も出るみたいなので、ちょっと高めだけど欲しい方はそちらでゲットしたほうが確実かも。
メンフィスの音楽シーンを作り上げた偉大な男を救いたいと、メンフィスを愛する同輩・後輩たちが祈りを込めて展開した熱いパフォーマンス。たぶん、いわゆる“PAアウト”の音で。録音されているのはステージ上の音のみ。観客の声などはまったく拾われていないのだけれど。きっとお客さんも盛り上がったに違いない。音楽への敬意に満ちた瞬間の記録です。ラマー・ソレントが描いたアルバム・ジャケットも相変わらず最高!