ジュエル・ボックス/エルトン・ジョン
11月のボックスセット攻勢。今週の主役はこれかな。エルトン・ジョンが去年出版した『ME〜エルトン・ジョン自伝』が米国でペーパーバック化されることになったとかで、それにタイミングを合わせて編まれた8枚組CDボックス。
といっても、これ、ごくフツーのベスト選曲によるボックスではない。「ユア・ソング」も「ダニエル」も「グッバイ・イエロー・ブリックロード」も「クロコダイル・ロック」も「キャンドル・イン・ザ・ウインド」も「タイニー・ダンサー」も入っていない。そういうのは数多リリースされている各種ベスト盤なり、オリジナル・アルバムなりで聞いてくれということか。
ここに収められているのは、隠れた名曲とか、これまで聞いたこともなかった初期自作曲とか、シングルB面に収められてひっそりと世に出た未アルバム化音源とか、そういう超レアものばかり。“ゆるめ”のファンにとってはあまりぐっとこない内容かも。が、熱心なエルトン・マニアにとっては間違いなくアルバム・タイトルに嘘偽りなしの“宝石箱”。フィジカル・パッケージおよびダウンロード販売だと全148曲入り。未発表曲が60曲。初デジタル音源化81曲。ストリーミングだとなぜか一部聞けないトラックがグレイアウトしていて、聞けるのは全127曲。定額サブスクじゃそこまでよ、と(笑)。まあ、それでももちろん十分すごいボリュームではあるのだけれど…。
『ディープ・カッツ』と題されたディスク1と2は、エルトン自らが選曲/監修を手掛けた個人的なお気に入り曲集。といっても、前述した通り、誰もが知っているような代表曲はまるでなし。これまであまり語られることなく歴史に埋もれてしまった…的な曲の中からセレクトされている。憧れのレオン・ラッセルやリトル・リチャードとのデュエット音源も含め、エルトンの本音のようなものが聞き取れる仕上がりだ。
ディスク3、4、5は『レアリティーズ』。ここが本ボックス最大の目玉か。本格デビュー前の1965年からデビュー直後の1971年までの音源を聞くことができる。ソロ・デビュー以前、ブルーソロジーというバンドの一員としてリリースした貴重なシングル盤音源とかも入っているけれど、あとはほとんど自作曲のピアノの弾き語り+多重コーラス、あるいはバンド形式による未発表デモ音源。自分のために書いたものもあれば、他のシンガーに提供することを目論んで作られたものもある。もちろん盟友バーニー・トーピンとの共作曲が中心だけれども、バーニーと出会う前、エルトン本人が作詞まで手がけたものもある。他の作詞家との共作曲もある。
自伝と照らし合わせて、なるほど、そういうことか…的な発見もいろいろ。ご存じ「スカイライン・ピジョン」の聞いたことなかった初期弾き語りデモとか、ちょっとうれしい。ストリーミングからは外されているけど、エルトン&バーニーの初共作曲と言われる「スケアクロウ」のピアノ/タンバリン・デモとかも興味深い。この種の膨大なデモを聞いていると、この人のヴォーカルの背景に潜むソウルフルなセンスとか、粘り気とか、ゴスペルっぽさとか、ブルースっぽさとか、そういう部分が生な形ですごくよく伝わってくる。
デビューしたてのころ、日本では“ロックの吟遊詩人”とか、そんなキャッチコピーで呼ばれていたもんで、ついエルトンの繊細な面にばかり耳が向かいがちだったのだけれど、やがてぐっと表面化してくるソウルっぽさというか、ファンキーなたくましさというか、そういう魅力はデビュー前からすでに明解に醸成されていたんだなということがよくわかる。そのあたりの本領というか、本音というか、そういうポイントを改めて思い知ることもできて、楽しい。
ディスク6と7が『Bサイズ』。これまた文字通り、シングルのB面としてリリースされただけで、以降、入手困難になっていた楽曲集。物によってはA面音源も入っている。キキ・ディーやフランス・ギャルとの共演音源もあり。アルバムに収められている曲の別テイクとかもあるので、油断できません。ただ、正直言うと、エルトンの未CD化シングル音源って、他にもライヴものとかリミックスものとか、これだけじゃすまないはずなので、もうちょい突っ込んでもらってもよかったかな、という贅沢な不満もちょっとだけ。どうせ8枚組なんだから。これが9枚組、10枚組になったところで、今さらもう驚かないし。お財布も覚悟できていないこともないし…。
まあ、それはそれとして。
ラストのディスク8は『アンド・ジス・イズ・ミー…』と題された1枚。これが自伝本といちばん密接に連動した内容だ。デビュー・アルバムのタイトル・チューン「エンプティ・スカイ」で始まり、例の伝記映画『ロケット・マン』で使われた「(アイム・ゴナ)ラヴ・ミー・アゲイン」(エルトン役で主演したタロン・エガートンとのデュエット)まで。本の中でエルトンが言及している作品が集められている。途中、いきなり超有名な大ヒット「フィラデルフィア・フリーダム」が挟まっているけれど、基本的にはこれもけっこう渋いところを掘り返した感じの選曲だ。
というわけで、このボックスだけでエルトンの全貌を知ることはできないけれど、彼の基本コレクションをすでに揃えていて、伝記本を読んだりしているタイプのファンにとっては必携の宝石箱。スリップケース入り。エルトンのコメントも含む曲目解説や、貴重な写真満載のハードカヴァー上製本付き。
さらに、『ディープ・カッツ』は4枚組アナログLP(Amazon / Tower)で、『レアリティーズ&Bサイズ』は3枚組アナログLP(Amazon / Tower)で、『アンド・ジス・イズ・ミー…』は2枚組アナログLP(Amazon / Tower)で、それぞれ出た。となると、やっぱりヴァイナルも欲しいところだけれど、それだとレア音源を全曲網羅できなさそう。悩ましいなぁ…。